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2004アイアンマンジャパン五島長崎参戦誌
2004/5/23
Swim 3800m Bike 180.2km Run 42.2km


5月20日(木)レース3日前
仕事から逃げるように5時半に退社、輪行袋を持ち、デイバックを背負って、羽田空港へ直行する。ウェットスーツなどほとんどの荷物は事前に宅急便で宿泊地に送っていたのだが、それでもディバッグは巨大に膨れ上がっていた。荷物の見極めはいつも難しい。
久々の飛行機なので勝手がサッパリ判らん。意味もなく空港をうろつく。手荷物検査でハサミ所持のために引っかかり、丁寧に詰めたバッグの中身を全部引っ掻き回したので、搭乗に遅れてアナウンスまでされる始末に。ハサミは預けなきゃダメですね。
空港で買ったパンと豆乳を機内で食う。新幹線では弁当持込で食べるのはありふれた行為だが、飛行機でこれをやる人はあまり見ないね。買ったのがパンじゃなくて幕の内弁当だったらさらに変な感じだ。笑顔さんの配っているクソまずい飲み物はノーサンキュー。煩わしいだけで実のないサービスは止めて欲しい。
最大に心配された季節はずれの台風2号の影響はほとんどなく、無事に長崎に着いた。今頃東京じゃ天候も荒れているらしいが、こっちは穏やか。へへーんだ。
長崎空港と長崎市内は40kmくらい離れており、帰りも乗るので往復切符(1200円)を買ってリムジンバスで向かう。最初は7割くらいの乗車率だったのに、長崎市街に入ったあたりでたった2人になった。最後列に座る若い女性と、その一つ前に座る自分。なんかミョーな気分だよ。普通だったら、女性の方が席を少しずれたりしないかね。真後ろに座ったまま、時々不自然な咳払いをしている。結局、終点のグラバー園まで一緒だった。僕は運転手に自転車を降ろしてもらっていたが、先に降りたはずの女性の行動はやはりどこかヘン。目的地が定まっていないみたいなのだよ。宿泊先の全日空ホテルは目の前なので、女性を追い越してテクテクとホテルに入っていく。チェックインをしていると、なんと隣にその女性。なんかつけられている気分だ。
近くのコンビニでおにぎりなどを買い、11時半に就寝。有名どころとあってサービスに不満はなかったけど、ヤニ臭い部屋には閉口した。

5月21日(金)レース2日前
長崎の朝は予想外に寒かった。この寒さが、自分にとって今回のレースのキーワードになろうとは、そのときは想像すらしていない。心底寒いのでシャワーを浴びるが気分はおさまらず。
バイキング形式の朝食をとっていると、テーブル3つ分離れたところに昨日の女性が! うーん。相変わらず怪しいぜ(予想通りですが、この話題にオチはありません。あしからず)。
フェリーには自転車をバラして乗せなければならないため、わずか700mほどのところにある長崎港までTAXIで行く(トランクに輪行袋)。8時10分の福江行きカーフェリーに乗船。ここでトライアスリートの数がぐぐっと増える。こういう場面で少なからず出会う我が物顔のアスリート御一行様には、まったくいい気分がしない。
冷房が効いているのか、2等船室は毛布もすでに出払っていて、寒いことこの上なし(甲板はもっと寒いが)。縮こまって4時間を過ごす。フリースでも持ってくるべきだった、ちくしょう。福江に着いた頃には、しっかり鼻水が出るようになった。おいおい風邪なんかひくんじゃねーぞ!

退屈な長旅を終えて五島に降り立つ。うーん、感慨は特になし。火山列島のためか山がポコポコ見えるね。こりゃバイクコースはアップダウンありそうだ。皆三々五々散っていき、一人残された自分は自転車組み立て作業に取り掛かる。自分と同じ行動パターンの奴が誰も居ないので少し不安になる。
そこへ、港の作業員が一人寄ってくる。田舎の人は人懐っこいね。先ほどのフェリーがまだ止まっていて仕事中だというのに。フェリー出航で慌てて作業に戻っていった。
次には60くらいのオヤジさんが寄ってきて、「このタイヤは、空気入っとんのかね?」というお決まりの質問を投げかけてきた。「いやいや、このタイヤはですねー云々」と、これまたお決まりの返事をする。全島あげてのこのレース、ひょっとすると、「トライアスリートに話し掛けるときは、まずタイヤについて訊いてみるといい」とかなんとか言われているのかもしれない。それにしてもオヤジさんは色々と話し掛けてきて退屈しない。宿泊地が富江だと言ったら、送ってやるとまで言われた。大変ありがたかったけど、ちょっと自転車にも乗りたかったので丁重にお断りした。

30分以上かかってようやく組み立てたら、残った荷物がまた大きくなって、やっぱり送ってもらえばよかったなどと後悔する。ここから富江までは路線バスで40分、まあ15kmってとこだろうか。結構アップダウンがあり、荷物を背負って走りづらいスタイルでは結構しんどい。ここは本番でのバイクコースでもある。1時間はかけてテレテレ走り宿についた。荷物を部屋に置いて、選手レジストリやカーボパーティがあるためまた福江にとんぼ返りだ。
さて、そこでふと気づいた。カーボパーティが終わる午後8時頃には、今走ってきた街灯のない道は真っ暗だ。ライトも持ってないので、福江までバイクで行ったら帰って来られないことになる。
なんだか効率の悪い行動計画だな。路線バスにのって730円もかけて福江へ戻った。
市内の文化会館で選手登録と競技説明会を終え、無料のカイロ体験に参加する。カイロのカの字も知らない自分だったが、この治療法がもし効果的なら、とても気分がよく楽ちんこの上ないと思った。ちょうど坐骨神経痛っぽいところを治してもらう。そのときは脚がかなり軽くなったが、この問題箇所はレース中にまた痛くなった。何度か通わないとダメらしい。

日本人トップ選手がこぞって使い始めたという26インチバイク“シーポ”の売り込みのオヤジさんと立ち話をしているうちに、ほとんどの選手はカーボパーティ会場へ消えてしまった。今日はこのパーティがあるために、宿で夕飯は用意されないので、参加はマストなのである。
カーボパーティ会場は中央公園で、とある。中央公園ってどこだ?
手持ちのパンフレットの地図をいろいろ探したり、文化会館入り口の地図を眺めるが、そんな名前の公園は一向に見つからない。
なんでこんな大事なことがアナウンスされないんだろう? とりあえず周辺をぶらぶらしてみるが埒があかないので、同じように地図を眺めている女性に中央公園の場所を尋ねたところ、予想通りその人も判らず、さっきからうろうろと悩みっぱなしだという。「ここに中央町ってのがあるから、そこの公園じゃないっすかね?」などと言ってみる(実は大外れ)。そこにまた二人ほど選手が現れたので尋ねてみると「多分こっちじゃないかと思うんですけどね」ということで初参加組はようやく歩き始めた。結局、歩いて15分くらいかかる、かなり離れたところだった。初参加の選手の思考手順を想定していないパンフレットであるとつくづく思った。

公園到着が20分ほど遅れてしまったが、まあ、食えないことはアルメーと高をくくっていたのが甘かった。そのあとメシにありつけるまでになんと1時間も列で待たされた。要は、早々と食い尽くされてすでに残ってないので列も進まなかったのである。周りでは、スパゲッティてんこ盛りのトレイを持って選手がバクバクカーボロードしている中、我々はひもじく列に並びつづけて、外人DJの冴えないギャグを聞かされていたのだ。そしてようやくありつけた飯は、速攻で作った焼きそばが推定20gと、パスタ30g、うどん50g、サンドイッチが一切れであった。しかも、発泡スチロール製のうどんのお椀があまりに軽いのでふとした拍子に全部ひっくり返してしまった(もう貰えない)。泣きっ面に蜂だ。こうしてカーボロードはわずか2分で咀嚼完了し、怒りを食事で鎮めることはできなかった。

大盛りのメシにありつけたラッキーな人々。

帰りは500円を払って専用バスで宿へ戻り、同室の人と挨拶を交わすと、その人も同じ境遇に遭われていたので、さっそく近くのそば屋へマトモなカーボローディングに出かけた。皿うどん550円は旨かった。いつもなら飲むビールは今回は止めておく。
この土地の味はなかなか好みに合いそうだ。