第19回東京ベイ浦安シティマラソン参戦日誌
2010/2/7
ハーフの部 21.0975km

どういうわけか例年いい記録を残せない浦安ハーフ。だが今回は、ここ3ヶ月間安定してランの走行距離を確保できているし(11月152km、12月155km、1月202km)、昨日のだらけた一日を除けばテーパリングも概ね問題なく出来ている。ふくらはぎ、腰、膝などに珍しく目立った故障もない。アキレス腱炎は相変わらず残るが、序盤で消えて大勢に影響なくなるであろうことは経験的に読めている。風が今年もまた強く吹くとの予報が出ているものの、快晴であり最悪とは言えない。
なので、今年こそ意味を持った記録を出さないと示しがつかない。

去年のレースは、スタートにもたつき焦って上げすぎて後半タレたという印象があり、今の自分ならもう少し上手く走って好タイムを狙えるのではとの思いがある。ただ、4日前にトレッドミルで調子を見た限りでは、ハーフの自己ベストペース(キロ3分52秒)は厳しそうだと感じていた。キリのいいところで1時間22分台(キロ3分56秒以下)を狙うのは、妥当な目標であろう。去年のタイムを20秒ほど縮めればいいだけなのだから。
気になっているのは、タイムに直結する体重。それなりに気を遣ってきたけど、理想とする60kgには届かず、61.7kgくらいで落ち着いてしまった。朝は食べ過ぎにならないように注意しつつ鶏炊き込み御飯を一杯だけ食べる。

同じくハーフのベスト更新を狙うかおりさんと舞浜駅前で待ち合わせて運動公園へ向かう。周囲をぞろぞろと歩く面々はレース参加者にほかならないが、見るからにランナー装束の人は一頃より減り、層が多様化してきたかなとの印象を受ける。
運動公園の広い芝生広場が今年は何やら工事中。びっしりと鉄板のフェンスが張られて、いつもならアップする場所がなくなっている。ハーフはアップがかなり重要との認識でいるのでちょっと焦った。通りまで出てみると広い歩道でダッシュをすることができた。と同時に、ホンバンのミラクル感がぜんぜん湧いてこないのが気になる。シューズは数年前の初代AdizeroLTをまたしても履いてきたのだが、さすがにヤレていて反発力も殆どない。これで良かったのか、でもほかにマトモな靴がないんだよなあ。

トイレに行ったかおりさんを見失い、ひとり5分前にスタートエリアに潜り込むと、Mightyのヒデさんに笑顔で迎えられた。前回のハーフ(横田基地フロストバイト)で25分切りを果たしたのだという。かなり上げ調子かと思いきや、なぬー、今日は風邪で熱まであるらしい。でも無茶でも参加するあたり、手応えを感じている証でしょう。今年のジャパンでは油断ならない存在となりそうだ。

9:30 a.m.ハーフの部スタート
10秒後にスタートラインをまたいだ。多少混雑はあったものの、最初のコーナーを曲がり300m程走った頃には自分のスピードに乗せることができた。西よりの風と聞いているので最初は追い風だ。完全に身体が暖まるまでの3kmほどはペースを上げすぎず、キロ4分ちょうどを狙い目としていたが、追い風条件を鑑みて少しだけ飛ばす。3km地点でようやく距離表示を見つけたが、ほぼ12分ちょうどだったので、出だしのロスを差し引けば狙い通りのペースだ。

新浦安駅前を右折し、海方向へと走る。追い風条件は変わらないどころか、やや強くなったと感じた。片側3車線あるこのシンボルロードは、うち2車線がランナー用として確保され、残る1車線上には渋滞が長く続き、当分動きそうにもなかった。路線バスや空港リムジンバスなども埋もれていて、これはひょっとすると来年あたりコース変更を余儀なくされるかもしれないな、と思った。
追い風もピークであり、そろそろ本来の目標ペースで走るべきところに来ているが、脚の反復運動としてはこれが限界速度という印象があり、これ以上どうしろというのだ、とやや他人事な気分。数m先のかすみがうらマラソンTシャツを着た選手をとりあえずのターゲットとして追いかける。シンボルロードをさらに右折し、理屈では向かい風区間となるはずだったが、ビル風などの影響からか、意外にも依然追い風基調な印象がある。
そんなこんなで5kmを通過したときのラップを見てガックリくる。キロ4分ペースに落ちているではないか! 距離表示位置がずれているのか? でも確かに例年この辺りだったような・・・。

6km手前で最初のエイドがある。全く何も欲しないけどとりあえず水を貰って一口だけ飲む。
南高校を右折すると、正真正銘向かい風となる。スタート直後からずっと視野内に納めていた女性トップをパスした。風避けの列車に加わり省エネで走るべきと思っていたが、感覚より遅いので次々と追い越して走る。周囲の選手と比較すると、体重があるせいか向かい風に抗う力はやや有利な印象だ。そのうちに、もっと得意な選手が後ろから現れ、ずんどこ追い越していくので、彼の背中を借りて追い上げをはかる。
右折して追い風に変わってもなるべく彼についていこうと試みたが、ここにきてややへたばってきた。
8kmの看板を通過し、かろうじて3分台が出ていて安心する。だが追い風基調となり限界速度まで上げているつもりでも、周囲のペースからは遅れ始めていた。9kmの看板は3分54秒、こんな調子ではスタート直後の前借り分を返せなくなる。

折り返し手前で給水してやや集中力が切れた気がした。コーンの回り方が散漫で、一気に周囲から遅れをとる。
対向車線のかおりさんとはどこかですれ違うはず。まずはヒデさん、のはずだがMightyの目立つウェアが一向に見あたらない。熱があるって言ってたからかなり遅れているんだろうと解釈していたが、実はまだ対向を気にする前にすでにすれ違っていたようだ。

10km通過は39分51秒。向かい風のためペースは再び4分台に落ちてしまった。このあたりから、今日の目標設定がどうやら身の程知らずだったと感じるようになる。とにかく追い風で目標ペースに届かないんだからどう考えてもダメだよな。残る望みは、終盤スパートでどこまでカジバカヂカラが出るかだ。
余裕そうに見えるかおりさんとすれ違い、気持ちを入れ替えねばと思う。右折してさらに向かい風がきつくなった。吹き飛ばされそうな、いままでにない強さになっている。これまで一緒だった選手を置き去りにして前を目指す。一人だけ食い下がってきているのが足音でわかった。

線路沿いに舞浜方面へ戻る。前半の新浦ステージを終え、もう半分以上走ったんだとポジティブに考えられるようになってきた。非常にしんどいけれども、どこにも故障がなく安心して限界まで飛ばせることのありがたみをしみじみ実感していた。こんな恵まれた浦安ハーフは久しぶりじゃないかと。
向かい風が緩くなってきたところで、後ろの選手が追い越していく。僕のへんてこウェアとは対照的に上下揃いの正統派ランウェアを着た若い人で、実業団ランナー風である。あっと言う間に水をあけられ、相変わらずスピード力のなさを痛感する。

運動公園の脇をかすめ、舞浜の海岸沿いへと出る。長い長い折り返しコースへと入り、対向車線には10kmの部の遅めの人たちが走っている。中央車線に立ち止まり、エアロビのインストラクター風奇声を発してランナーを鼓舞ししている選手が見えてきた。妙にハイテンションなその人は有森裕子選手だった。張り上げすぎてすっかりバーのママのような声になっている。そういうキャラな人だって知らなかったよ。体を張って啓蒙する努力は買いたいけども、無理に背中を押すようなやり方にはちょっとピント外れな気がしてしまうな。

右手にディズニーシーの船が見えてきたあたりから、また風の向きが厳しい方向に変わった。かなり強烈さを増している。この道は直線が長く続くことをよく判っているので、よりによってここで向かい風かよ!と泣きたい心境だ。
ペースは笑っちゃうくらい落ちている。前方を見るといくつかの集団が見えた。みんな固まり合って走っている。たまたま一人になってしまった自分はついてないなあ。
長い長い向かい風区間を悟りの境地で走るうちに、先ほど抜いていった実業団風青年に再び追いつこうとしていたが、後ろから4人ほどの集団に迫られてもいた。高負荷が続き、いよいよペースダウンが顕著になってきたのだ。舞浜の突端まで来て鈍角に右カーブを曲がると、いくらか向かい風はマシになるのかと思いきや、その反対にむちゃくちゃな爆風となった。ウゲー! あまりの前傾具合に、先月の足柄峠を思い出した。まさにこれは舞浜峠であり、最大10%くらいの傾斜に相当する感じだ。後ろの4人組に飲み込まれ、思わず最後尾に下がる。
みんな効率よくローテして走ろうぜ、と言ってみたい気分。一瞬でも後ろで休めたことで余裕が出てきたので前へ出て先頭交代の図式を示そうとする。が、そのまま結局機関車役固定になってしまう。
16kmの看板通過はキロ4分34秒。むむー、ジョギングのようなペースである。どこまでワースト記録を打ち立ててしまうか想像するのが怖い。17kmの看板をすぎるとやっと折り返しコーン。

あと4km、ゴールまでほとんど追い風だ。ラスト500mほどは若干向かい風になりそうだが、気合いで走りきれる長さだろう。つまり後先考えず目一杯飛ばせ、ということだ。今度は対向にヒデさんをしっかり見つけた。あまり差はない。風邪で熱があるなんて関係なかった。
うっすら富士山をバックに
長い区間で一緒だった人
時折背中をおもいっきり押される。まさに足柄峠の下りと同じ感覚である。にもかかわらず、追い風爆走区間を3分54秒と出た。なんてこった! アシスト付きでこの程度だなんて。すっかりスピードを出せない体質へと変わってしまったことがこれでハッキリしたようだ。
もやもやと落胆が頭を埋めている中、対向から声をかけられて我に返る。かおりさんだった。おや! もうすれ違うとはあまり差がないかもね。

実業団風兄ちゃんにみたび先行を許し、さらにもう一人にも抜かされた。僕より年輩とおぼしき△□陸友会所属の人で、実は8km地点くらいからずっと見かけている。結局この人と最後はバトルか。ラスト500m、運動公園脇の道路へと入ると若干向かい風となる。△□陸友会を再度後ろに従えながら限界で走っていると、僕を呼ぶ声とともに側道にひゅーさんがひょっこり現れて驚いた。別のコミュ仲間と来ていて10kmを走った後とのこと。

運動公園入り口に計時板があり、1時間25分まであと20秒を示していた。むむー、いくらなんでも22分台を狙うと言っていた奴が25分台は出したくない!と最後にきてやっとカジバカヂカラスイッチが入る。一気に△□陸友会を引き離してゴールゲートに飛び込んだが、あと一歩およばず25分台に入ったのを確認しながらゴール。やっちまった。
一時は引き離すが・・・
最後だけはキロ3分40秒くらい

スタート後10分間はエラーのため心拍データ無し

グロスタイム 1:25:02 ネットタイム 1:24:52
総合43位/2547人 40-49歳部門別9位/735人
平均/最大心拍数 152/161bpm


2分ほど後でヒデさんがゴールした。風邪を引いてなければ同タイムくらいだったかもしれない。同じ目標に向かい、着々と上げてきている人と去年より退化している自分、明暗がわかれた。

ラスト300mのスパートで一気に筋肉痛が形成されたようだ。ひゅーさんの居たところに戻ってかおりさんがやってくるのを待ち、ゴールまで併走したが、痛くて全然マトモに走れない。かおりさんも、目標のキロ5分ペースには届かなかったようだ。二人とも失速したレースとなってしまった。
この風はちょうどレース開始とともに徐々に強さを増したものだったようだ。ゴール後は会場のあらゆるものが吹き飛ばされるくらいになってきて、遮蔽機能を失いつつある更衣テントで着替えたあと、速攻で会場を後にした。やっぱり冬の寒いレースは雰囲気を長く楽しめなくて味気ないのがツマラナイなあ。コース変更してもいいからもっと穏やかな気候の時期に替えて欲しい。

* * * * *

今回はとにかくスピードが出ないことを痛感した。2004年の同大会(内容も大したことなかったのでレポートじゃなくて日記に書いている)よりも約1分遅い。このときは僅か一週間前に佐倉のフルマラソンに出ている上、風邪気味でベストコンディションではなかった。その佐倉もやっとの思いで3時間37分で走っているという程度のレベルであった。その前月の走行距離は115km。どう考えても今より遥かに劣るはずの自分に完敗しているのだ。実に忌々しき問題。また、明らかに去年の自分よりも遅い。向かい風区間は去年よりダメージが大きくなっている。
単に距離をこなすだけではハーフ向上の練習にはならない、と痛感した。ピリッと刺激を入れる練習が目に見えて疎かになっていたとの自覚はないし、LSD系は未だほとんど手を出してないのだが、スピードへの耐性はめっきり落ちている。とにかく今までのやり方ではダメだということだ。

風は確かに強かったが、明らかに酷かった14-17kmの3キロ区間に到達する前にすでにタイムは悪いので、理由にはならない。この風によるロスはおおよそ60-70秒くらいと思われる。なお今回の風は浦安周辺だけでなく関東平野の広域において吹いたものだったようだ。

ラストスパートで一瞬だけ心拍160bpmを越えた。一頃はラスト4kmくらいずっと160オーバーが普通だったことを思えば、心臓のフケがまるで悪い。2004年は全区間160オーバーだったがこれは年齢のせいもあるだろう。心拍が上げられない原因の一つとしては気温の低さが大きく関わっているのではと思う。ランネットによれば9時の気温は4.2℃しかなかった。おかげで給水もほとんどとってない。
少し暖かくなった3月にもう一度ハーフに出てみようかな、とも思ってみたが、考えてみたら今から申し込めるレースなどあるはずもないのだった。