東京マラソン2009

レース

9:10 a.m. スタート
去年Bブロックスタートだったキリオ君からは、30秒ほどでスタートラインを通過したと聞いていた。ゲートが100m前方に見えており、その証言を裏付けているように思えた。ところが、ゲートはなかなか近づかない。1分27秒、ようやくスタートゲートを潜ってからも、前方は詰まったままだ。
大砲から吹き出た桜吹雪と誰かが脱いだ簡易カッパが僕らと同じ速度でふわふわ漂っている。強い追い風を受けてのろのろとしか走れないのが何とももどかしい。
高速道路でこれまでの渋滞がウソだったかのように100km/hで飛ばすことができた場面のように、過去の経験では突然前方がぱっと開けてスピードアップする瞬間が訪れるもの。しか〜し。今回ここまで厳正な整列スタートを行ったのに、スムーズに前が開けないのはなぜだろう?
不名誉な立ちションスポットの高架下を潜ってもふん詰まり状態は続いている。1kmの通過タイムはぴったし7分。愕然とした。これは、去年のかすみがうらの二の舞ではないか。やばい。焦燥感が一気に全身を撫で上げた。
2km通過までにイーブン換算で3分近い借金をこしらえてしまった。仮にキロ10秒ずつ遅れを返上し続けても19km地点までかかる。後半に備えた積み立てどころではなくなったぞ。

程なくしてオーベストジャージのランナーをとらえた。皇居ランでも見かけたことのあるマスケンさんだ。昨日は修善寺のJCRCで過酷極まるZクラスに出てましたね? と詰問攻撃する。マスケンさんもBブロックだがいいスタートを切っている。僕のB内部での位置取りの甘さもまた明らかだった。しかし、早々とBの最前列を確保し、途中トイレタイムのリスクを背負い込むのとどちらが得か? 判断は難しい。
剽軽なマスケンさんと話して(たぶん僕のことはポンズの誰かとしか判ってないはず)心も軽くなった。相変わらず追い風下り基調で快調だ。行け行けドンドン。若干横っ腹が痛かったときもあったが、しばらくして消えた。ひとまず走りに不安材料はない。
5km通過 0:23:40

5〜10km
6-7km辺りだろうか、Aブロックスタートのキリオ君が僕に気づいて声をかけてきた。おおー、やっと追いついたよと思ったら、すでに一度トイレに行ったらしい。なぬー!それって自慢話だろー。ここまで飛ばしすぎたからもう抑え目に行く、というのですぐ先に行かせてもらうことにした。とにかく今は飛ばすこと以外頭にない。
竹橋を過ぎ、皇居外周に入るにつれ、時折向かい風となる場面がでてきたが、長くは続かずさほど気にならない。今日は基本的に南風と聞いているので、新宿スタートで湾岸ゴールである以上、向かい風の割合が多くなるはずである。その洗礼はいつ訪れるのか気が気でないが、言葉通り嵐の前の静けさか、不気味なほど追い風基調が続いている。
今日はさすがに皇居周回している人はいないか、と横目に見ながら、その反対側を観衆が埋め尽くす広々とした皇居前を気持ちよく走る・・・。気持ちよく、というのはウソ。このハイペースが一体いつまで持つのか、借金はチャラにできるのか、頭のなかは不安でいっぱい。いつのまにかSuuntoは150bpm前後と、緊張による上昇分を差し引いても想定外ゾーンに変わりはない。この不安と恐怖感を鎮めるには何より走りに集中することだった。
日比谷公園付近は10kmの部のゴール地点ということもあり、特に応援の人垣が厚い。姉の観戦のために母がどこかにいるはずなのだが、スタート以来ずっと頭の隅にあったのは、時計のように正確に走ると豪語していたタイムから大きく遅れている現状を何と言い訳したものか、ということだった。実際はそんな2、3分のズレは気にも留めちゃいないだろうけど。
mixiコミュの仲間も綿密な応援計画のもと、立派なノボリを用意して待ち受けているのは判っていたが、現実は走ることで手一杯で、視覚情報処理は放棄、薄情にもあっさり通り過ぎた。隣の10kmコース上にはゲストランナーのロザ・モタ選手だけ寂しく走っている。なぜほかに誰もいないんだろう? と不思議に思いつつ日比谷通りへ入る。
10km通過 00:44:24 (lap 0:20:44)

10〜15km
悩んだ挙げ句今日はFootPodを装着してきた。この数十グラムの小部品を靴に付けたからといって、脚が止まったときの言い訳には何一つならないだろう。Suuntoを速度表示にして定期的にペースを確認する。4分7秒前後を示し、借金返済計画を推し進めている。フルマラソンでこんなペースをキープしたことは過去に一度もないので妙な気分だ。今はまだ余裕があるが、ハーフまでなら快調に走れるペースだから当たり前。
以前職場のあった田町や泉岳寺などの馴染みのある街を通過。距離感が判るので少し安心できる。ちょんまげカツラをかぶった飛脚風仮装ランナーに追い着いた。紙製と思しきカツラを良く見ると風穴が細かく空いていて、実に凝った作りになっている。仮装ランナーが風通しや軽量化を気にしているのは何か妙だが、ちょっと僕もやってみたいなと思った。
品川の折り返しまでは向かい風が少し混じったが、走りに影響が出るほどではない。日頃トレッドミルではきっちり1時間で走る14km地点を1分弱オーバーして通過。普段通りのことができていないのがくやしい。
15km通過 01:05:00 (lap 0:20:36)

15〜20km
品川を折り返すと、明らかに追い風となり背中を押されるように楽に走れる。後半の向かい風に備え、今のうちに貰えるものは貰っておこうと飛ばし続ける。結果的に5kmのベストラップとなった区間だ。反対車線からよっすい〜さんが声をかけてきた。というか何度も呼ばれていたみたいだ。ひとりセンターライン寄りを走るなどしたけれど、すれ違う仲間を探す余裕がない。このころから、東京マラソンの味わい方を間違ったかもしれないな、と思い始める。
今日は比較的暑いのでエイドでは毎回水分補給した。アミノバリューと水が分かりやすく置いてある。エイド区間はとても長く、取り損ねる心配は全くない。にもかかわらず、1番テーブルの角の水に殺到する単細胞ランナーが実に多い。周りに構わず斜行し、突然立ち止まって飲む自己中ランナーも後を絶たない。水は最後のテーブルで貰おう。
体調の変化を最初に感じたのが18kmあたり。少しくたびれてきた。かつてない緊張感で1時間以上集中して走れば、当然疲れも出るだろうと思った。スタート前は「この気合いと集中力をゴールまで必ず維持してみせる」と心に誓っているもの。冷静に見れば3時間は長い。むしろ余裕のある前半こそいい意味でイイカゲンにリラックスして走り、後半の集中力に備えるべきだったのではないか。
次のレースで考えよう。
20km通過 01:25:23 (lap 0:20:23)

20〜25km
ふたたび賑やかな日比谷に戻ってきた。やはりこの近辺の盛り上がりはコース中最高のようだ。銀座の手前で中間地点を通過。1時間30分を7秒切って、3時間ペースの借金返済が完了したことを知った。
ただ、体調の方は単なる違和感から明らかな疲労感へと一段階進んだ。まずい、中間地点でこのレベルは過去に例がない。後半の大崩れは目に見えている。借金返済を終えたのでしばらくはボーダーラインのキロ4分15秒まで落として充電しよう、と考える。
銀座中央通りを堂々と突き抜けるとびきり贅沢な瞬間とはいったいどんな味わいだろう、と想像を巡らせていたが、刈り揃えたように両側の歩道を埋め尽くす人垣と、一台のクルマもない道路という景観は、普段の銀座の印象からはあまりにかけ離れていた。一体ここはどこ? まさに異次元空間。しかしこれもまたひとつの銀座の新しい顔にほかならない。惜しむらくは、その価値を充分味わえる余裕が自分にまるでないことだ。後で思い返しても辛かったという記憶しかない。もったいないことをしたな、と悔いが残る。
日本橋を過ぎた頃から、折り返してきたトップランナー群を対向に迎える。箱根駅伝時代から注目していた藤田選手がトップからやや遅れて通過、引退レースとなる話題の高岡選手は完全に潰れてしまっていた。ファンからの悲痛な声援が痛ましい。
向かい風に苦しむ対向の状況を見て、イーブンで走っていては危険だと考えを改め、再びペースを限界まで上げた。脚のエネルギーが切れかかっているのだからと、ポケットのBCAAスティックを飲み、エイドの水で流し込む。
25km通過 01:46:02 (lap 0:20:39)

25〜30km
東日本橋駅を過ぎたところで、kinuさんの声援に気づく。子の宿るおなかから力一杯声を張り上げさせてしまってホントにすみません。こうして多くの人に支えられていると改めて気づかされた。
続けて、対向側30km地点の医療テントに従事するマキさんを見つけて手を振った。マキさんもきっちりスタンバってくれていたようだ。ほぼ宣告タイム通りの通過となったことにまずは安堵する。確か僕は事前に「この時点ではまだ余裕のはず」などと伝えていたが、どこが余裕じゃあ! 目論見違いも甚だしい。
しばらくして再び対向側にはるさんの声が響いた。ひとみんさん他何人かを確認、弱りかけている後半戦、立て続けに背中を押されて助かる。帰りも立ち寄ろう。
賑やかな浅草・雷門をUターン。名物の人形焼きは気がつかなかったが、固形物は全く受け付けない状況にあった。コーナーでインをつきすぎてふらついた。脚が脆くなっている。
photo by Diceさん
ここからは恐怖の向かい風。まずはジャブ程度ですんでいる。やがてはるさん応援団の所へ戻ってきた。ハイタッチを強要。ありがとうございます。
BCAAが少し効いてきたか、アクセルベタ踏みの積極性を前向きに捉えられるようになってきた。辛いけど頑張れる、この感覚は長続きさせたい。次にBCAAを飲むタイミングを考える。
30km地点の医療テントは幸いまだ開店休業か、複数のスタッフがテントの外で応援している。マキさんに再会、「あのときはまだ元気だったのにね・・・・」と後で言われないようにしなくちゃ。
30km通過 02:07:01 (lap 0:20:59)

30〜35km
やがて前方に小集団らしい存在を認めた。
ピンクアフロの仮装風ランナー二人が並んで走っている。そのとき僕はピンときた。目立つ彼らはもしや3時間ペースランナーではないか。取り巻きが多いのも合点がいく。嬉しくなって近づいてみると、沿道の絶え間ない声援からどうやら「猫ひろし」という芸人が走っているらしいということを突き止めた。猫ひろしとは、さてこの中の誰のことだ? と考えるまでもなく芸能人オーラを発している身長の低いランナーと判る。片耳にイヤホンを刺し、無線指示を受けながら走っているのか。彼の斜め前方には女性エリート選手がペースメーカーを担っている。彼女の「あと2周ですよ」の一言に対し、「あと2周よっしゃああああぁ!」と芸人らしく叫ぶ猫さん。皇居を2周分ってことかな?
どうやらサブスリーを視野に入れているらしい猫ひろし。彼に追い着いた僕は安泰だ、としばし達成感に満たされるが、やっぱりアテにならないと気づき、すぐに追い越す。
再び銀座が近づくにつれ、向かい風が厳しくなってきた。前傾ぎみの場面が増え、止まりそうになる瞬間も出てくる。先ほどのポジティブな感覚はしんどさにすっかりかき消された。BCAAスティックの封に手こずり半分くらいが風の中に消え、飲み下すための水をエイドで取り損ねて引き返すなど愚行を重ねる。そんな33kmラップは初めてイーブンペースをオーバーする4分18秒まで落ちた。
しんどい、しんどいと走っていたら、京橋を過ぎたあたりで対向側から呼びかけられた。ふりむくと電柱によじ登って応援している(ように見えた)京都の松村さんの姿! 予測してなかったので思考回路が鈍ったままで言葉を返せなかった。

photo by 松村さん
松屋前では母も見ていたらしく、「恐ろしく真剣な顔をしていた」んだとか。日頃はどんだけ真剣味がないんだろ? 大歓声に背中を押され、ひとまず4分12秒前後にペースを戻せた。相変わらず、銀座の中心を走る貴重な経験をかみしめる余裕がないのは残念。
35km通過 02:28:16 (lap 0:21:15)

35〜40km
歌舞伎座、築地へと続き、「魔の35km」を過ぎる。だが、今日の魔の正体は実体を伴っていた。いくつかある運河の橋のアップダウン、それと強烈な向かい風だ。佃大橋の急な上り坂で思わず両足がピキピキとつりかけた。構造上、この高架は応援者が途切れる。一緒に自分も途切れて投げ出すことのないようにと言い聞かせたつもりだったが、隅田川上の36km地点で4分28秒。
畏れていた本格的なスローダウンキターッ!
1km毎に見る見るタレてあっと言う間にジョギングペースに落ちる過去の例を思うと、あえて考えないようにしていた「サブスリーはやっぱりハナから無理では?」という陰の声を受け入れざるを得ない時にきているのか。さっさと諦めて楽に走りきろうか、という葛藤がむくむくと急成長してくる。
やがて何の恨みか突然スコールまでやってきて、泣きっ面に蜂状態。横殴りの雨におもわず「ヒョェ〜」と声が出た。罰ゲームのような笑いたくなる状況に、これはもう諦めていいということでしょう、という悪魔のささやきが頭を埋め尽くす。
隣の選手とはゴール直前まで一緒だったようだ
Photo by ひゅーさん
そんな葛藤にもだえていた頃の豊洲駅前でノボリを持った大勢のmixi応援隊が素通りする僕を確認していたらしい→ ああ情けない。
「あと5km」の看板を通過、3時間まで残りちょうど22分と知ったとき、ああこれはホントにダメってことだなと悟った。5kmを22分、キロ4分24秒。いましがたの1kmとちょうど同じ、つまり今のペースを最後まで維持できれば何とかなる、ということ。自慢じゃないが僕は昔から、ぎりぎり無理くさい勝負にはことのほか弱いのだ。頑張って負けるくらいならさっさと負けるほうを選ぶ僕の性格上、勝負は見えた、とここで思った。
それでもせめてこの向かい風さえなければ、まだ望みはあるのにな、と恨めしく思いつつ、ここに至るまで7割方追い風の恩恵を受けていたんだから仕方がない。楽あれば苦あり。公平を信条とする神の教えだ、などと考える。
つらすぎて以降よく覚えてない。
40km通過 02:50:24 (lap 0:22:08)

40km〜ゴール
いよいよアラフォー40km地点通過。時計は残り9分半を示し、そこで僕は大いなる勘違いをした。あと2kmと思いこみ、これならいける!と踏んだのだ。自慢じゃないが僕は昔から、勝てそうだと判った勝負はことのほか頑張るのだ。やる気のスイッチがわずかに切り替わったのを実感した。その200m後に「あと2km」の看板を発見して落胆することになるのだが、スイッチを切り替えればまだ行けるという意識がどこかに残っていた。41kmにはスタッフのエルさんがいることも判っていたので、勝負所はむしろここからの1kmととらえた。
首都高を越える高架は最後の上り。ここをクリアすればもうキツいところはない。高架頂上の「あと1km」の看板でエルさんの大きな声援を受け、ニトロ級エネルギーを受け取ってラストスパート、下りを爆走する。とは言えあと4分以上。左折して久しぶりに追い風に変わり、気持ちを切らせず最後まで行けると確信した。コース最後の曲がり角に7セグの計時板が見えた。あと50秒。間に合うのかどうなのか? 曲がった先に見えたゲートは予想より少し遠い。とにかく行くだけ。3時間切りを意識した実況がどこかで聞こえている。ちょうど横には同じ目標のランナーが「おれはやるー!」と絶叫して追い越していく(写真の人ではないです)。おれもやるぞ、と心で叫びながら冷静にゴールライン直前で彼を刺し返し、あと15秒を残してゴール!

やったよ、いやー、やった。今回は多くの人の支えがあってこその目標達成だった。加えてプライドと意地が勝った。途中からかなり絶望的だったが、よく持ちこたえた。自分としては奇跡に近い。

Suuntoの心拍はリアルタイム表示と記録データとで差がある感じ。前半から150台を示していたはずだったが・・・。

グロスタイム:2時間59分45秒(キロペース4分15秒) 総合順位 620位/29109人 男子順位 574位/22789人
ネットタイム:2時間58分18秒 総合順位 563位/29109人 40-44歳男子別順位 76位/3603人
平均/最大心拍数 149/164bpm EPOC 467ml/kg 2339kcal 気温15℃


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