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12月6日(日)曇時々晴 レース日
朝は3時20分起床。
お寿司とシリアルをホテルの部屋で食べる。寿司は、サラダを酢飯が包み、外側をサーモンで巻いてある。ヨーカドーの寿司より断然美味かった。明治屋だもんな。S$8.6。
グラノーラはS$14もするエゲレス製最高級品で食べるのが楽しみだった。サクサクとした独特な歯ごたえが上品だ。
4時15分、予約してあったタクシーに3人で乗り込み、スタート会場へ行く。空は真っ暗だが街の灯りは煌々としていて不自由さはない。
複雑なルートを経て荷物預かり所へ行き、預けた荷物の引き替え証をゼッケンに留める。ここで1本バナナを食べて、さてスタート位置へ移動。途中狭い通路で渋滞して冷や冷やしたけど無事スタートゲート間近まで行けた。参加者の多くは身の程をわきまえた位置でスタートを待ち、なるべく前に並びたいという貪欲さはあまりない。
スタート位置はシンガポール川下流に架かる大きな橋の上だ。間近にマーライオン、そして正面には個性的な高層ビルが建ち並び、実に壮観である。場を盛り上げる音楽と音声が夜の街に響く。「やっとその気になってきた」とキリオ君がつぶやく。やんぴんさんは黒子のような寡黙さだ。

5:30 a.m.フルマラソンの部スタート
スムーズに人は流れ、15秒でゲートを通過する。フルでは僕にとって前例のない最短時間だ。東京マラソンより多い5万人もが参加する大会は初めてだが、フルの部はその内の14000人ほど。それでも先日のつくばよりは多い。
15秒で通過するほどのポジションでも、周囲のペースはやや遅い。500mほどキリオ君と併走したが、「先に行くよ」と言い残し、かき分けながら前へ出る。早くもパラパラしつつある。
加速する。しかし身体がどーんと重くて期待したスピードが出ない。昨日三度三度あれほど食べたら致し方ないのだろうが、やはり少し悔やまれる。Foot Podはキロペース4:20前後を示している。実際はもう少し遅いだろう。
今回の目標はあまりはっきり決めていなかったが、サブスリーペースで行けるところまで行き、途中から垂れて3時間5分付近に留まるのが超理想的シナリオ。暑さの程度に従って適宜下方修正するつもりでいた。スタート前の感触としてはさほど暑くなく、もっと暑かったトラのレースはいくらでもあるので、少なくとも日が射さない中間地点まではアクティブにサブスリー近いペースで行けるだろう、行ってしかるべきと考えていた。
ビジネス街を通り、3kmでふたたびスタートの橋に戻ってくる。まだ反対車線には大勢いる。だが自分はすでに汗だくである。額の汗をごそっと手で拭って振り払う。いまだかつて、フルマラソンの初っ端からこんなに汗が出ることがあっただろうか。そして、早くもしんどい。しんどい? 目標からはかなり遅いのに、わずか3kmでしんどい? それはどうかしている。これが仮に10kmのレースだとして、限界で走ったとしても40分は切れそうにない。
5km、初めて距離表示板を見つけた。22分57秒、ネットで22分42秒。全力に近い走りでここまで来たので、もしかして案外速いのかも、との淡い期待が幻に終わったと知ってがっくりきた。しかも普段のサブスリーペースの5km(=21分15秒)より遙かにしんどい。
5km 22:57 (区間タイムとキロペース 22:42 4:32/km)

6km付近でトイレ。意外にも多量(笑)で40秒ほどのロス。実はスタート時にすでにモヨオしていた。この暑さだからゴールまで持つんじゃないかと思っていたがその反対だった。トイレでのロスタイムは大いに気にするところだが、今回は一休みと軽量化でしんどさが緩和されるのではとの期待が大きかった。
広い幹線道を折り返す。向かいからキリオ君に声かけられた。ほとんど差はない。
クエン酸サイクルが安定してきたか、すこしだけ楽になってきた。代わりに朝食が腸でやや苦しい。通常フルマラソンは一気に負荷が高まることはないので、朝食の消化については結構無頓着であるが、今回のように息切れするほどの負荷ではスタート2時間前という食事時刻は遅すぎたかもしれない。

ハイウェイのような広い幹線道はオレンジ色の照明が煌々と並び十分な明るさを保っており、濃い目のサングラスをかけた状態でも走れる。
今朝ホテルのトイレにこもりながらハッと気づいたのが、暑いレースに必須のサングラス、日の出前の夜の街では何も見えないのではないか!ということだった。僕のサングラスは度入りなので外せないのだ。コンタクトレンズに度無しサングラスのセットが今回必要だったのでは? と今更気付いてももう遅い。だが実際はかけていることを忘れるほど照明は明るく、明かりのない仮設トイレの中に入るまでサングラスをしていることを忘れるほどだった。しかもだだっ広い道に、30m間隔で選手一人、見渡す限り10人以下なので多少視力に難があっても何も不便ではない。
前を走る選手が路面の何かを蹴った。その次の選手が、蹴られた対象物をわざわざ追いかけてさらに蹴り飛ばす。近づいてみたら水の入ったペットボトルだった。後続の大集団がこのボトルに蹴躓かないように道路の外に追い出していたのだった。グッジョブ。
10km 45:49 (22:52 4:34/km)

コース11km地点から30km地点までのおよそ20kmは海岸沿いに長く伸びるイーストコーストパークを往復する。往きは公園沿いの一般道、帰りは公園内道路を走る。しばらくは結構単調な直線路で、時折遙か先まで見通せるが選手は余り見えない。途中の公園内にはレストランなどが寄り集まっているエリアがあり、週末夜通し遊びまくった若者が数人うろうろしていた。その一カップルが沿道から突然飛び出してきて避けきれずにタックルしてきた。びっくりするなあもう! 酔っぱらいか。
エイドステーションは1.5km毎にあり、小ぶりな紙コップに入った水が並んでいる。3km毎に100PLUSというスポーツドリンクがあるがかなり水で薄められている。大抵は水コップを二つとって慎重に頭からかけて身体を冷やし、飲むほうに回す分は少ない。あまり喉は渇いていないところをみると、湿度が高く汗が蒸発していかない→汗が出ないんだろう。食べ物は滅多になく、12km地点にはバナナがあったらしいが食べる気にならずスルーしている。つまり意外と内容は寂しい。エイドの先には大きなゴミキャッチャーがあり、その点では不満がない。キャッチャーにゴミはまだほとんどなく、捨てるのが忍びないのでコップは丁寧に重ねて再びそっとテーブルに置いていく。口も付けてないしまた使えるでしょう?
10km過ぎは通常最も調子が良くなる頃のはずだが、相変わらず大変しんどい。ただ、このしんどさは気象条件から来ているので、単純に筋肉に高負荷を強いていることにはならないだろう。不思議なことに、暑さそのものは実感として乏しく、むしろ時折悪寒がするくらいだ。事実気温はさほど高いわけではない。問題なのは湿度であり、体温調整が効率的にできていないことにある。また、悪寒は熱中症の前触れかもしれないので注意しなければならない。
暑さを感じないとはいえ、水を身体にかけた直後はとても楽になり、調子が一瞬元に戻る。身体を冷やさなければならないのは間違いない。
15km 1:08:43 (22:54 4:35/km) 10-15km

すこし甘い値を示すFoot Podもキロ4分30秒前後を示すようになってきたが、このペースを現実として受けとめるまでにすこし時間がかかった。だが正確にはすでにスタート時から4分30秒ペースを若干オーバーしていたのだ。自分はどこまで速く走れると期待していたのだろうか。
パワージェルを一つ飲む。
16km過ぎ、公園のほぼ真ん中にある大きな池の周りをぐるりと走っていると、向かいからパトカーがやってきた。夜遊び連中を監視する役目かと思ったら、続いて先導車や審判車が来て、早くも7、8人の先頭集団が折り返してきた。なかなか高額な賞金レースなので、彼らは真剣そのものだ。全員ケニアなどの黒人で、優勝者のタイムは2時間11分。暑さは彼らには関係ないみたいだ。
長い長いイーストコーストパークの折り返しポイントが近づいてきた。500mほどの対面通行区間が続いたあと、ようやく走る方角が180度変わり、幾分楽になるかと思ったがまったく変化がなかった。ここまで僅かに向かい風と思いこんでいたのだが。対面にキリオ君がいないかどうか確かめるが見つからない。
20km 1:31:47 (23:03 4:37/km)

21km地点にパワーバー協賛のスペシャルエイドがある。道の両側に8人ほどのスタッフがパワージェルを持って、一人でやってくるランナーを総出で待ち構えている。もちろんありがたく一つ貰うが、ほかのスタッフも次々と僕に手渡そうとするので2個目を貰った。意地汚く4個でも5個でも貰うことはできたようなノリだったけど、後続の選手の分まできちんと残っているだろうか? 早速次のエイド手前で一つ飲む。新型パッケージのパワージェルは開封しやすさにこだわっている。味は結構しょっぱい。以前より塩分が多い気がする。このレースでは必須と思われる塩分の携帯をすっかり忘れていて、エイドにも梅干しなどという気の利いたものはなく、昨日の明治屋で梅チューブを買っておくべきだったなと後悔していた。このパワージェルに期待が大きい。
25km 1:55:17 (23:30 4:42/km)

緩やかにカーブしながら公園内の道が続く。時折海岸がすぐ近くまで迫っていて、昨日やんぴんさんが「暑くなったらそのまま海に飛び込もう」と言っていたことが現実に可能のようだ。
心拍数をみると155bpmを越えていて、時折160近い値を示すこともある。まるでハーフマラソンのような心肺負荷となっている。このしんどい状況がいつまで続くか判らないが、それでもスピードは徐々に落ちているから気持ちを緩めるわけには行かない。でも続く限りはこの負荷で行っていいんじゃないかと思うようになってきていた。
30km 2:19:05 (23:48 4:46/km)

距離が30km台へ突入すると少し安心する。
たしかこのあたりだったか、小柄でマッチョな白人選手を追い越した。4、5km地点で一度追い越された覚えがあったので逆に徐々に引き離すものと思っていたが、どうやら僕をマークするようにペースを合わせてきている。上半身裸で、胸に巻きつけたHRMベルトが目立っている。彼は常に道の左端をトレースするのが好きらしく、合理的に最短となるコース取りをする僕の走りに追従する気は全く無いようだ。

エイドではビニル手袋をして手を差し出している人の姿を少し前から見かけていて、ちょっとだけ気になっていた。感染予防してハイタッチのサービス? ばかげているけど新型インフルやSARSのこともあるしな、なんて思っていたが、手のひらの真ん中に白いクリームが乗っていることに今気づいた。そっか、これが日本の梅干しに代わる、こちらのミネラル補給のスタイルに違いない、と合点。考えてみたら、この暑い中での塩分補給をオフィシャルとして考えてないわけがない。次のエイドが来たら必ず取ろうと肝に銘じておく。
長かった公園区間を終えて、再び市街地へと入っていく。少ししてハーフの選手と合流した。これまでが前後にほとんど誰も見えない状況で、少なからず特別な存在という気分で走っていたが、自分が大勢のなかの一人となり、周りの緩いペースを客観視できるようになると、いかに大したことのないレベルであるかがよく判った。僕のペースよりは少しだけ遅い人たちを追い越しながら走る。
35km 2:43:37 (24:32 4:54/km)

スタート直後からしんどいと思える負荷で走り続けてきたが、無事「魔の35km」を越えた。このままゆるゆるとペースを落としつつも、ゴールまで行くのだろうと考えていた。
エイドに例のクリームを手のひらに乗せて待ち構えている人の姿を見つけた。待ってましたとばかりにハイタッチしてクリームを受け取り、余すことの無いよう即座にそのままべろんと舐めた。たぶんエイドの人もその行為を目撃できたほどの素早さだったはず。舌にそれを乗せるが早いか、間違ったものを投入したことを悟った。これは食い物などではない、メントール系塗り薬だ! マジかよ! 考えてみれば当たり前のことだ。慌てて掻きだして、手の甲に移しかえる。時すでに遅く口の中はスースーして堪らない。さりとて、脚や膝へ走りながら塗るのも無理だし、仕方ないので残ったクリームを手や顔に塗った。少ししてこれは素晴らしい効果があることに気づいた。当然ながら塗ったところがスースーして涼しいのだ。そうか!これは常夏のシンガポールではいわば常識的な、塗る冷却剤なのだ!夏場のレースでこれは使える!なぜ今まで思いつかなかったのだろう。
また暫くして、口の中はちょうどガムを噛んだ後のような爽やかさにつつまれた。そこで再び考えが変わる。これはいわゆる食べるガムなのか? ガムが禁止されていることで有名なシンガポールでは代替品がきっとあるだろう。日本人にはちょっと強烈だけどこちらではスタンダードなのだ。だからエイドですぐ口に入れても何も間違っちゃいない、と体裁を気にするテーサイマンは安堵する。

長々と書いてきたが、正解は「Dr.Joint Pain」というスポンサーからの供給品で、名前から判るとおりやっぱりアイシング目的で関節などに塗るものだった。選手支給品のなかにサンプルとしてすでに入っていたことに後で気づく。なんという注意力の低さよ。
そんなわけで、期待したミネラル補給ができなかったこともあり、ちょっとした登り坂でいよいよ脚がつりそうになる。一緒に走っていたスキンヘッド半裸男に先行を許し、そしてじわじわと遅れ始めた。38kmあたりで彼はギアを入れ替えて、ラストスパートに入ったのが判った。それと引き替えのように、僕はプッツリと集中の糸が途切れ、急にパワーが衰えていくのを感じた。これまでも徐々にペースは落ちてきていたが、それなりにベストを尽くし納得したうえでの走りだった。しかし今は心拍数が上がらず、追い込めずにスピードだけが落ちていく。
例えるならば、明らかにペッタンコの歯磨きチューブをあと1週間は騙し騙し持たせなければならないような状況にあった。マラソンよりもトライアスロンの感覚に近い。走る前にスイムもバイクもやってないんだけど。そう考えると、五島でのフルを3時間半強で走ったのはエラいなあとも思えてきたし、単独で走ってもこの程度かと思うとがっかりする。トラでの伸び代はもうないよな。
40km 3:09:27 (25:50 5:10/km)

40という数字を見ても、残りわずかという心境には至らなかった。タレ度がひどく、キロ6分さえもオーバーしそうな勢いだ。今の自分はつくばでの同じ状況にあるかおりさんのペースに全く着いていけないのか、全くもって示しがつかないなと何度も思う。
10kmとハーフの部の選手たちと再び合流する。賑やかになり励まされるかと思ったが、彼らのペースはかなりゆっくりで、過密状態なのでむしろストレスとなった。ちょっとした走路変更も辛くアクティブに追い越す気力がない。彼らのスピードに身を任せてしまっている。
近年モナコのようにF1レースが町中で開催されているらしい。ややレトロ調デザインの立派なパドック脇を走る。普段は立ち入れないエリアのようだ。残りあと1kmの看板をすぎた。自分が知る練習コースで、最も短いと感じる1km区間を思い出そうとするが浮かんでこない。どこの1kmもそれは紛れもない1kmである、とトートロジーなことを考える。それよりあと4分以上もこの状態が続くのかよ!と思うとぞっとしてめげそうになる。本当は4分でもなく6分なのだが頭がボケている。
再び見慣れたスタートエリアに戻ってきてやっと安心した。フィニッシュゲートまでの最後の直線は両脇を観衆が固め、コース中最も賑やかな晴れ舞台であった。意外にも「フロムジャパーン」と僕のことを紹介するNCが響きわたり、観衆がしきりに僕に向かって手を振っているように見えたので(多分勘違い)なんだか判らないけど僕も手を振って気持ちよくゴール。
finish 3:22:10 (12:43 5:48/km)

なんかデブなんだよな。
心拍数、EPOC、PODによるスピードグラフ。1km毎のラップは距離表示がアバウトだったため割愛。
EPOCピークは39kmを少し過ぎたところ。ここでガクッときたことが判る。


BIBNumber34362
総合105位  男子81位 ベテラン男子18位 年代別(40-44) 12位
over final 10km you passed 4 runners and 4 passed you
平均キロペース 4:47 平均速度 12.5km/h
平均/最大心拍数=151/162bpm EPOCピーク=569ml/kg 2755kcal
区間公式タイム
 10km 45:28
 21km 1:36:54
 30km 2:19:04
 32.5km 2:30:57
chip finish time 3:21:55
finish time 3:22:10


最初から最後までずっとしんどいレースだった。高い心拍数をここまで長時間続けたことは今までなかったのではないか。EPOC569ml/kgというのは東京マラソンより100ポイントも高く、計測史上最高値だ。しかししんどさに成果が伴ってない。
さほど暑さをダイレクトに感じたわけではないのに、まるで弱かった。この分だと、極寒のレースが好きというキリオ君はさぞかし弱っているはずだ。「あがー!」とか奇声を発しながらものすごい不機嫌な顔をしてゴールするに違いない。
完走Tシャツと飲み物等を受け取り、目の前の芝生にどっこいしょと座る。もう動きたくない。待ち合わせ場所を少し離れた場所にしてしまったことを後悔した。どうせキリオ君はまだまだ来ないだろうからもうちょっと休んでいよう。