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7:00 a.m.エイジスタート
暫くバトルにもまれながら、決して無駄な力を出さずに泳ぐ。負荷としてはやや軽すぎて、辰巳なら100mを95秒はかかっているペースだろう。もう少し上げてもいいのではとも思うのだが、バトルを避け周囲のペースにあわせて平和に泳ごうとするとこうなる。混んだマラソン大会のスタート場面のようだ。それに多分、集団効果で負荷の割に速いだろう。

先は長いのだから、黙々と泳ぐことを心がけていたが、いっこうにコーナーブイが来ないのがイライラしてきた。ヘッドアップすると、目の前は鬼岳らしい山が見える。時計をみると23分にもなっていた。1500mくらいに相当する時間が過ぎているのに、いくらなんでも遅すぎ! ハッと思って再びヘッドアップし、慎重に確かめ、そして知る。二つのコーナーブイはすでに通過しており、Uターンを終えて浜へと向かって泳いでいたのだった。コーナーを認識しづらい、という話は昨日宿の同部屋の人にとくと語っていたことだったが、まさか自分がそのトリックにはまるとは。
浜にあがって時計を確認、去年とほとんど同じタイムだ。

2周目に入り、暫くすると前方に安定感のあるフォームの女性を発見する。集団に絡まず一人離れて泳ぐ彼女は自信のある証拠と見た。じわじわと追いかけ、やがて後ろに張り付く。平和なスイムとなった。足の裏をべろんと触ること数回。どうもすみません。
コーナーブイを過ぎ(2周目もうっかり見落としていた)、大きな円弧を描いてUターンする区間で、彼女を斜め横から観察、スタイルからして外人のようだ。と、この時、ウェットが日本製であることに気づいた。外人なのにローカルな日本製のウェット? 即ち彼女はリサ・ステッグマイヤー嬢にほかならない。なぬー! 関心ないねと抜かしつつストーカーしてたとは。
女性芸能人には1種目でも負けるわけにはいかない!ということで追い越しにかかる。なかなか引き離せない。最後の分岐は迷わず泳いでスイムフィニッシュ。トランジットへ向かう途中、MCがリサ嬢の紹介をしていたから読みは当たっていた(→このショットの一番後ろの人物)。

去年とほとんど同じタイムでのスイム。調整が目標に届かなかった割には上出来だ。直前の連続辰巳練効果に違いない。アキレス腱痛と直接関係が無いので練習も安心して追い込め、モチベーションを高く維持できていたと思う。3種目の中でももっとも順位が良かった。最近のパターンとしては少々珍しい。

スイム:1:01:15(62位) タイムは去年より1秒遅いが順位はずっといい。
Lap1=29:21 Lap2=31:54 なお、Suuntoは水中の心拍を測れない。


8:05 a.m. バイクスタート
今年からバイクで靴下を履かないと決めたので若干トランジットが短縮できた。スタートは去年より2分早い。目論見通り、順調だ。小雨がぱらついており、路面が濡れている。慎重に走るが8.5気圧のタイヤなのでコーナーが結構おっかない。序盤はバンバン抜かれる。気にしない。注意したいのは貰い落車だ。去年のTDOの二の舞だけは避けよう。
微妙にドラフティング状態のパックにペースを乱されながら、二本楠交差点[A]まで順調にきた。トップチューブに貼り付けた去年の通過タイムを見ながら走る。今のところ1分ほど先行している。バイクは僅かながらレベルアップしていると自認していたので、去年と同等以上のタイムは出したいと考えていた。
二本楠を左折すると、読み通り南からの強い向かい風でスピードが落ちた[B]。焦らず走ることを心がける。60kmの標識を通り過ぎた頃、見事に両足が攣った。
まだバイクの1/3の段階で、もう攣っている。
後で思えばこれは忌々しきサインだったが、エイドで梅干し取らなきゃ、といった程度にしか考えてなかった。

大宝までの折り返し区間[C]でどどっとパックに追い越された。僕が追い越した選手が複数含まれており、佐渡の悪夢を思い起こさせるパターン。しかし、今回は気にならなかった。今年のテーマは自分との戦い。他人がどうあろうと関係ない。意外と割り切りが自分の中で巧くできていた。このコンセプトは精神衛生上とても良かった。パックから距離を置いて走っていると、猛烈な速度で一人追い越していく選手がいた(それが女性のプロだとはしばらく気づかなかった)。アタックのような走りにスゲーなと思って見ていたが、要するに僕の後ろではそのパックから切れる、と判断して焦って追い越したのだった。みんなパックで走りたいんだな。

このパックが近くにいるとペースを乱される。大抵は登りで追いついてしまうからだ。女子プロもヒィヒィ言いながら遅れていく。よくそんなもがいた走り方で6時間以上も続くよなあ、と感心。スペシャルエイドまでのアップダウン区間、痺れを切らして何度か登りでパックを追い越すが、下りで必ずポジションが入れ替わった。パックはスペシャルエイドに寄らなかったので、僕だけ寄って彼らと離れることができた。

ここ2週間ほど体重が絞れてきていたので、脂肪燃料タンクは相対的に少なく、補給は例年以上にしっかり取る必要があると見て、スペシャルにはゼリーのボトルを二つ置いていた。しめて1200kcal分。これでも少ないかな、来年はもうちょっと別の方法を考えよう。
軽量化を優先した僕のVXRSには追加のボトルケージが無いので、スペシャルの1本は次のエイドまでにさっさと飲み干し、水を入れるスペースを作った。水はもっぱら身体にかけるためと、甘いものばかりでうんざりな口の中をゆすぐため。

荒川を過ぎて長い登りに入ると[D]、予告通り「ひろしの店」の応援団が待ち構えていた。あのキーの高い独特な声援は奥さんだったのかあ。ずっとあの大声を張り上げているんだよなあ・・・すごすぎる。店長に名前で呼びかけたら、僕と判ってくれた。どうもです。
でもここであんまり頑張りすぎるわけには行かないんだ。抑えて抑えていかないと。

トンネルが二つ連続する上り区間で、またまた両太腿が攣る。ダンシングしてごまかす。大宝を過ぎて以来、平地では軽く45km/hくらいは出るほどの追い風が続いていたのに、脚にはかなり来ているらしい。どういうわけだろうか。一時、去年のペースより4分先行し、追い風効果と知りつつもちょっと嬉しくなる。その後のエイドでようやく梅干しをゲット。

90kmあたりから走る方向が逆になり、向かい風に変わる。これまでにない強烈な向かい風だった。バイクスタート直後はさほど風は吹いてなかったのだろう。上りではインナーローでダンシングという場面も出てくる。ひいひい言いながら二本楠交差点へ戻ってくると、4分あった貯金はあっさり消滅し、逆に1分の借金をこしらえていた。20km程度の短い区間で5分も遅くなったのだ。
これはまずい。集中して走らないと去年のタイムをオーバーするかもしれない、とやや焦る。
大宝の折り返し区間は、1周目よりもはっきりとスピードに乗れないことを感じた。風が強まり、体力は弱まっていた。
その後の追い風区間に入っても、借金をチャラにすることはできず、風に乗って楽に走れている実感がない。有り体に言って「くたびれて」きた。オーバーペースと認めざるを得なかった。この風で去年と同じペースを維持するにはよりパワーを必要とした。
それに加え、湿度の高さは身体に熱をこもらせ、体力を早く奪ったのかもしれない。水を身体にかけることが多かったが、エイドでの受け取りに何度か失敗して水が貴重だったため、かけ方が甘かった気がする。だがその時点での問題意識は低かった。

二本楠へ向かう強烈な向かい風区間では、去年と同じバイクスプリットはもはや到底望めないことと判った。交差点通過でとうとう借金は4分まで膨れ上がった。つまりサブ10達成のためには、ランで去年より8分短縮しなければならない。かなりむちゃくちゃな目標設定だ。それでも、ランに入れば何とかなるかもしれん、という妙な期待は依然としてあったし、やれるところまでやるだけと、吹っ切れた気分でもあった。

二本楠からゴールまでは追い風基調となり、幾分借金を返済した。毎年苦しめられる区間でこの風向きには心理的にもかなり救われたと思う。最後の急な上り、ラン8km地点とすれ違う場面では、近頃成績を伸ばしている益田選手を見かける。つまりポジション的には悪くないようだ。フィニッシュ地点では同エイジの強豪、湯尻選手(2.5km地点)も見かけ、もしかしてバイクはこれでも頑張りすぎたかも知れないと少し不安になる。

バイク:5:32:03(81位)前後のトランジット含む  HRave/max=140/160bpm
トランジット除く実質タイム約5:27:30 実質平均速度 31.78km/h(実質距離173.46kmで計算)
タイムは去年より約4分半悪いが、順位は比率的に見てあまり落ちてない。


1:33 p.m. ランスタート
例年と異なるセルフトランジットは問題なく終えたが、やはり若干時間はかかり、結局去年よりも4分遅いランスタートとなる。ふと気がつくと靴を履くために使った靴べらを手に持っていた。おいおーい! Regal謹製の100円靴べらはこの先必要ない。応援看板の後ろに隠して、レース後に取りにこよう(結局忘れてきました)。

バイクで見かけた例の女子プロとランスタートが同時になった。僅かに先行されつつ最後まで行ったのだろう。すれ違った知り合いに声をかけるのを聞いて、初めて日本人と知る。バイクでの荒々しい走りっぷりとガッチリ体型はてっきり男か外人かと思っていたのだ。暫く併走するが、目標ペース(キロ4分40秒)を維持するため徐々に先行する。

それにしても脚が重い。去年のランスタートとは雲泥の差だ。どうしたってこれじゃ記録更新は無理だ。でももしかすると後半の粘りが違うだろうか? 少し経てば調子が出てくるだろうか。期待して走る。
2km地点で往年のライバル小野さんとすれ違う。強烈なハイタッチでこっちがよろけそうになった。なんでそんなに自信たっぷりなんだ? いつもはバイクパートまでは先行されていたので、ランで2kmも先行しているってことは、やっぱりバイクはこれでも(以下略)。

平地で目標ペース付近までスピードが上がってきたので、ひょっとしたら行けるかも知れない、と期待が高まったのもつかの間、飛行場脇の軽い上りで脚が強烈に攣って走れなくなった。あたたたたーッ!
むむー、まだ5km地点で一気に両足に来るとは。今年に限ってCramp-Stop忘れてきたし、この先37kmもあるのにどうすりゃいいんだー。さすがに絶望感がよぎる。
最後まで諦めるな、のZさんの励ましが聞こえてきた。やる気を失ってトボトボ歩くことだけはとにかく避けよう。ストレッチして少しずつ走り出す。
幸い攣ったのは一時的で、少しペースを落としたら安定してきた。まだまだ行けそうだ。

やがて一人のカテ違いの選手が追いついて話しかけてきた。「さっき攣ってましたね。見てましたよ」
お互いしんどさを確認しつつも、なぜか最後に僕の口から出たのは、
「苦あれば楽あり、じゃないですかね」だった。
「このあと楽になることが、あるんでしょうかね?」
まったくだ。のどかな会話で気持ちが少し楽になる。

飛行場脇を過ぎ、バイク選手を対面に迎えながら下っていると、大声で名前を呼ばれた。MONさんだった。
「フォーク折れちゃいましたぁ!」「ええーっ!?」
フォークってフロントフォークのこと? たった今普通に乗っていた気がするけど。訳わかりません。スポークの言い間違いでは?(後で訊いたら落車でホントにフォークが折れ、工具を副木にして走ってきたらしい) 
毎回、僕などよりも派手なドラマのある人だ。

脚はみるみる動かなくなってきた。キロ4分台は早々に望めなくなり、先ほどの女子プロが快調に追い越していく。スタート直後よりスピードが上がっているようだ。意図したペース配分だろうか。
周回路前半は向かい風で厳しい。曇天でありながら暑いので、バンダナをとった。さらにサングラスも取る。異例の行動だ。
エイドに寄る度にバケツで水を十分かぶり、毎回取るものはコーラ、たまにオレンジを摘む。それ以外受け付けない感じだ。
ポケットのカーボショッツを早めにとってみる。カフェインが多いコーヒー味タイプ。ムクムク調子が出てきた気がした。カーボショッツを初めて美味いと思った瞬間。

シーポの田中さんは例年同じ場所でぽつねんと見ている。「エイジ8位」と言われた。うへーマジやる気なくすなあ。「全然嬉しくなーい」と答える。
17km地点から1km続く上り区間は、毎年苦しめられるところ。どれだけタレるかが恐怖だったが、5分半でクリアし、案外粘れたという印象。ところがそこで気張ったのが響いたか、その後もスピードが回復せず、逆にスローダウンしていく自分を防げない。

ハーフ地点を過ぎた頃だったか、前方に信じがたい人物を捉えた。ゼッケン3番、河原選手だった。トボトボ歩いている。何か声をかけようかと思ったが、きっとすれ違う人全てに尋問されまくっているだろう、と思って気づかないフリをして通り過ぎた。僕自身、話しかけるのは少ししんどかった。
ここで初めて、どうやら今日はいつもより条件的にキツいのか? と疑い始めた。ランスタートから目標ペースを維持できないのは明らかにバイクでのオーバーペースが原因なので、さらに外的条件があることに気づかなかった。毎回エイドで全身水を浴びているのも、弱っているためと思っていた。サングラスが必要ないほど陽は隠れているし、気温としても高いとまでは言えなかったからだ。
後で思えば、実は湿度が思いのほか強敵だったようなのだ。僕は河原選手ほどの人がランで走れないくらいダメージを受けていることに、改めて潰れることの恐ろしさを覚えた。近頃はロングレースも慣れてきて、どんなにバテてもゴールまでたどり着く体力はどうにか捻出できるだろう、と感じつつあったからだ。もちろん、彼ほどの人だからこそ、僕とは比べ物にならないくらいの領域まで追い込んでいるのも確かなのだが。
恐ろしさと同時に、ヘバっているのは自分だけじゃないと知って少し救われた。このころはさすがにサブ10への根拠のない期待は完全に消えており、集中力を切らさずに力を出し尽くすことだけがテーマだった。Zさんに言われた言葉を頭に並べた。五島市街の洗濯板のようなアップダウンは、追い風に助けられてなんとかクリアした。

いよいよ厳しくなってきたのは、2周目に入り1周目の選手と合流したあたりだった。向かい風が坂道同然の効果を生み、ちょっとした上りもあり、歩くような速度になってしまった。驚いたことにキロ7分台に突入し、気持ちもかなり絶望的になり、このまま歩いたって大勢に影響ないだろ? との悪魔の囁きに苛まれた。スペシャルエイドでの巻き返しに期待したが、600円で弁当の醤油ほどの量しかないVespaを飲み込んでも、どうも僕の背中を押してはくれなかった。
やがて前方にMIGHTYジャージを発見。1周目のタッキーさんだった。普段はジョークしか言わないタッキーさんも、こういう場面では意外にも真面目なことしか言わないのである。どっちが本物のタッキーさんだろう? しばし二人で話しながら急な上りにさしかかる。例年苦しめられるポイントだが、気が紛れて楽に走れた。
すなわち多くは気持ちの問題なのだ。キロ6分台後半の超スローペースが続き、徐々に平均心拍は下がっている。つまりは追い込めない状況に入っている。
腕に巻いた黄色い反射バンドは2周目であることを示す目印。まだ腕に何もない選手を追い越すとき、誇りと見栄と優越感が入り交じった気分を少なからず感じるものだが、今日はあまりに自分が遅いので逆に「2周目のくせに遅いね」と思われそうで少し恥ずかしい気分。そんなちっぽけな発想だからダメなのは、判りきっているのだが。

あれほど憂慮していたアキレス腱炎は、他の問題のほうが遥かに大きくてほとんど気にならなかったが、少しだけ痛みが増してきたので、マキさんから極秘入手した強力な痛み止めを飲むことにした。
シーポの田中さんからは、もう何も言われなかった。1周目より大きく順位を下げている奴に何言ったってダメなのは判りきっている。というより完全に戦力外だ。
見覚えのある赤いウェアを発見。あれあれ? Tさんなぜに歩いてるんですか。訊いてみると膝のダメージらしく、復活も難しいようだ。他は元気なんだけどってパターンは酷だろう。無理に誘わずすぐに別れる。まだ日は長いから頑張れよー。次のエイドでリサ嬢に再び会う。一瞬、ここまでずっと僕と同じペースだったのかと思ってしまった。バイクが得意な彼女も今年はかなりてこずったようだ。

「やっと追いついたよ!」大きな声をかけられ、びっくりする間もなく小野さんがびゅーっと追い越していった。何の問題も無く全てが順調そうに見える。あの走りを見ると、逃げがここまで続いたのが逆に不思議なくらいだが、途中僕と同じ様にスローダウンして苦しんでいた区間があったんだろうか。
再び35kmからの上り。1周目はうまく走れたので今度も何とかなるだろう、との考えはある程度当たっていた。6分37秒は全く誉められた値ではないし、平均HRも138と低いが、実は前後も似たようなペースなので相対的にはよく出来たほうだ。

2年前のタイムも下回りそうだという予測がたち、気持ちを切らさずに足を交互に繰り出す作業を続けるしかなかったが、突然、タイヤがバーストしたかのようにバシッと左足小指に激痛が走る。血マメが炸裂したらしい。毎回水を浴びまくり、洗い流されるほどシューズが濡れているので、マメが出来やすかったようだ。強力な痛み止めもマメの破裂には効果ないのかあ・・・。などとぼんやり考えながら、残り4kmというあたり、トボトボ歩いている見覚えある選手が視野に入る。二桁のエリートゼッケン、あれは篠崎君だと気付いたと同時に、僕の気配を察したかのようにタイミングよく彼が後ろを振り返り、苦笑いが出た。お互いの心境を一瞬にして悟り、言葉少なげに通り過ぎた。

僕はまだ十分頑張ったとは言えない、とそこで我に返った気がした。続くエイドでは初めて、立ち寄らず何も取らずに通り過ぎた。何かのスイッチが入ったようなのだ。
暫らく行くと、歩いていたはずの篠崎君が隣に現れた。「やっぱり一緒に行くことにしました」 バイクフィニッシュまではエイジでトップだったが、ラン途中で失速、ひたすら吐き続けて、もはやコーラしか出ない、と言っていた。僕にはそこまで追い込むほどの才能も勇気も根性もないんだな、とつくづく感じた。
いくら潰れたとは言え、エイジトップレベルの彼が走り出したとあればそのスピードは僕にはきつかった。でも一緒に走ってくれるので何とかこのまま並走を続けたいと思った。そのうちに、ゴールまで彼と共に走り切ることが、自分に課された最後の命題だと思うようになった。知り合いの多い彼は沿道から大勢声を掛けられた。あれ?今ごろどうしたの、という声がやはり多く、彼はジョークで返していた。並走するうちに徐々にスピードが上がってきて、こりゃ大変な命題を思いついてしまったなと早くも後悔しはじめた。二つ目のエイドも立ち寄れなくなった。
苦しいアップダウンでは彼がペースを合わせてくれたようだ。平地にはいるとスピードは益々上がり、キロ5分くらいになってきた。無茶苦茶しんどい。ラストのエイドではさすがに「ちょっと何かとりますか」と彼から言ってくれて助かった。

残り1kmとなり、後ろを振り返ると一人いいペースの選手が見えた。ヘタをすると抜かれるかもしれない。ここにきて一人抜かれようと別に大きな問題ではないのだが、何故かこの時の僕らにとってはあってはならないことと思えてきた。さらにスピードを増して、恐らくサブスリーペースを越えていたはずだ。逆に、上げようと思えばここまで上がるのに、今まで何をやっていたんだという反省も無くはないが。まあでもそれも含めて実力ってことだろう。
「まさかここまできてスパートしていくなんてことはしないよね」と腹を探るようなことを言うと「大丈夫です、自分も限界っすから」と僕を立ててくれた。ホントは追えない位のスピードでバビューンと行ってくれることを期待していたのかもしれないが。
「同伴ゴール、してくれるかな」「ぜひやりましょう」まるで彼女に告白しているみたいなやりとりだ。
お堀の橋を渡っても、スピードは緩められない。篠崎君とは頑なに同列を保つように頑張った。少しでも遅れたら、「先に行ってくれ」と甘えたことを言って自ら下がってしまうだろうから。傍目ではいい感じで競い合っているようにも見えただろうか。恐怖の後続も相当なスピードアップをしているようで、引き離せていない。もう全力疾走そのものになってきた。疑いようもなく今までで一番苦しい。

やっと五島高校の校庭に入り、ぱっと明るいステージが見え、花道が目の前に現れた。この瞬間を待っていた。彼は僕に先導を譲り、観客席の人たちとハイタッチをする華を持たせてくれた。彼の気配りが嬉しかった。ゴール直前で再び並んで手を取り合って同時ゴール。最高の気分でゴールテープを切ることができた。本当にありがとう。恋人繋ぎしちゃいましたね、と彼に言われたけど何のことだか判んなかったよ。



ラン:3:59:20(153位) キロペース5分40秒 10.58km/h HRave/max=141/157bpm。
総合タイム 10:32:38(89位/949人 完走826人 完走率87.0%) Eカテゴリー年代別17位
スイム以外のHRave/max=140/160bpm (例年よりかなり高い) 消費エネルギー5757kcal