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第21回ツール・ド・おきなわ2009参戦日誌
2009/11/8 市民レース130kmの部 11/7(土) レース前日 物ポンツアー今回は5名とこぢんまりしている。早朝から滞りなく羽田に全員集合、しかし肝心の飛行機は1時間も飛ぶのが遅れた。機体トラブルのようだ。 機内の後ろ半分は修学旅行風団体様が占めていて終始やかましく、離陸時にはギャーと奇声を上げ、拍手が沸き起こった。おかしな奴らだ。 那覇空港でも順番待ちのために着陸が遅れ、予期せぬ長旅のお陰かすっかり気持ち悪くなってしまった。フジレンタカーで5名5台がハイエースに乗り込み、ツアコン遠藤さんが安くて美味い食堂に案内してくれたが、昼食後も気分が優れず名護へ向かうクルマの中でグヘーとなっていた。風邪が全く治ってないんだろうか、と不安になる。 去年はクリテリウムだった国際の部初日のレースは、1kmほどのTTへと代わっていた。名護商店街をほとんどダンシングで突っ切る選手たち。速すぎて何が何だかさっぱり判らない。真剣に観戦するでもなく、受付を済ませた後は200kmの慈朗さん一人下ろして4名でとっととJALオクマリゾートへ向かう。 体育館で自転車をテキパキ組み立てて、与那まで試走する。珍しく風がなく穏やかで走りやすい。ほぼ2週間ぶりに乗るので調子を取り戻せるか不安だったが、問題ないようだ。走り終えてみると気分の悪さが完全に吹っ飛んでいた。もやもやが消えたかのようだ。丹羽さんのお尻について走ったらかなりの限界。前日に上げすぎと違いますか。 オクマビーチなどを散策。ここで海を見るのは初めてだ。
11月8日(日) レース当日 5時起床、しっかり寝たと思う。エアコンでのどが痛い。止めるべきだったなあ。 今年は少な目の4人だったせいか、体育館の目の前の4人部屋があてがわれ、狭くて少々質素だが非常に便が良く、落ち着いて準備ができた。 今回の自分は下手をすれば完走もままならないくらいアテにならないので、不安と緊張がいつもより激しい。心拍は時折90にまで上がっている。トイレには5回も行くことになった。 スタート会場の道の駅に移動すると、遠藤さんたちは早速自転車を場所取りの位置に置いている。つまりアップはしない方針か。僕にとっても、先頭集団に食らいつくという命題が消えたので(というか無理)、みんなに倣い体力温存を優先することにした。 昨日に引き続き風のない穏やかな日だ。本調子ではない今回に限って、いつになくスタート前準備は完璧であり、何とも皮肉なものだとしみじみ思う。ジャージのポケットにはパワージェル系2つ、フラスク入りトップテン1つ、修善寺5耐のとき遠藤さんに貰ったエンライテンが一つ、入っている。ボトルの一つは水(主に身体にかける)、もう一つはクエン酸+BCAA+MDの混合ドリンク(主にエネルギー補給)。今日最大の敵は暑さだろうと踏んだので、エイドの限られた環境で水分とエネルギーを確実に摂取する段取りをイメージトレーニング。 スタート前にBCAAをおよそ8000mgほど飲み、やることはすべてやりつくした。 いつもなら向かい風となる海岸線が今年はほとんど無風のため、名護スタートの国際&市民200kmは僕らの目の前を例年より早い時刻で通過し、130kmのスタート時刻は予定より早められ、関門通過に余裕が生まれ、完走率が高まる、とのシナリオを想像しながらスタートを待つ。そして、国際のトップ一人が早々と通過し、読み通りかと思われたがその後が違っていた。国際のメイン集団は抑えが効いているためか非常に遅く、対して市民200kmが異例なほど速く、その狭間をスタートする我々は例によって予定変更を告げられた。整列していた我々の間からどよめきが起きる。 まあそれでも市民200kmの通過が速く、きれいにまとまっていたので、4分ほど遅れただけでスタートできた。まずは問題ないだろう。個人的にはこのパターンのほうが好きだ(後から追い上げるほうが、混成集団になった場合に気を使わない)。 ![]() 今回130kmに出場してる物ポンズは、小湊さん、丹羽さん、細沼さん、遠藤さん、僕の計5名。毎年一緒に参加しては近い順位でゴールしている慈朗さんが200kmに移ってしまったので、指標となる人がいない。丹羽さんは去年初参加でまだポテンシャルが読めない。下り恐怖症の小湊さんとはペースがかみ合わないだろう。遠藤さんと細沼さんは去年DNFなので信用できない(正直すぎてすみません)。 普久川ダム上り(起点から頂上まで7.7km) 去年は2回目のダム上りまでほとんど一緒だった丹羽さんに、なるべく着いていくことを目標としていた。2kmほどは視野内に納めていたが、レーンを変えて走っているうちにどうやら追い越してしまったらしい。そのツケとして、6割ほど来たところで一気にタレてしまった。それまでは何とか中切れを起こさないよう走っていたが、いまはぽっかり前が20mほどあいている。後ろもまばらになった。こうして集団から千切れていくものなのだろう、と妙に冷静に考えている。だが、無理して追う気は無かった。むしろ、レース後半に残しておくべきパワーを早くも使いきってしまったのではという不安が増大していた。 無理のないペース配分のつもりが、実はそうではなかったと気づかされたことはショックだ。 隣には福岡から参加という黒装束の人がいた。スタート前にたまたま隣にいて、人懐っこく話しかけてきた人だった。FOCUSのバイクはディープリムを履いていて結構なコダワリを漂わせるが、ムッチリ長袖TTワンピースに、足下は長めのカジュアル靴下というあたり、普通のローディならありえない空気を呈している。堂々とした胴回りがTTワンピで強調され、「この格好で関門に引っかかったら格好悪いよなー」と、返答に困ることを笑って話す、僕よりは明らかに年配の人だった。 てっきりその関門に引っかかるタイプと思っていたので(失礼!)、このあともしばらく一緒に走ることになるとは正直思わなかった。 このダム上りは3月の合宿で5回も上ったのだが、コースはまだ覚えられない。今日もあと1回上るから、2004年から数えると通算15回自転車で上ることになる。もしかすると白石峠より上っている。なのにあまり記憶にない。 やっとこさ最高点をクリアしたころは、トップから何分差なのかといったことはどうでもよくなっていた。ただ、丹羽さん始めほかのメンツも上ってこないので、今日のお題としては及第点でしょうと思って下る。去年貰い落車したポイントも、晴れていれば何の問題もないコーナーだ。給水はやっぱり1回目から受け取れた。これはデフォルトと考えていいんだろうか? いつもの坂でCyclowiredの綾野さんが這いつくばってカメラを構えており、腑甲斐ないポジションでとっても申し訳ないの気分。 ![]() 〜奥〜辺戸岬 ここからの下りはいつも意外と緊張している。やや道が狭く感じられ、ときおりカーブもきつい。まだ高速下りに慣れてないせいもあるだろう、おとなしく下る。やがて集団が形成され、今回は結構大きくなった。30人くらいはいただろうか。この集団なら今回の完走というハードルはひとまず越えられるだろう、と感じた。 集団には覇気を感じる。あまり余裕がないので、しばらく落ち着くまで後ろでひらひらしていた。見覚えのある理科大の選手が3人ほど含まれており、去年と同じ選手なのか判らないが心強かった。何度か引き離したつもりの黒ワンピの人にしぶとく再開するので、思わず「よく逢いますね」と声をかけると、短く「はぁっ!」とだけ返事が返ってきた。あれほど親しげに話し掛けてくれた人だったのに、今のその脳を通さない返事は、つまり取り込み中ってことですか。しかしこの人結構粘る。下りはディープリムを生かしてガンガンいく。風貌からしてもトライアスリートと見た。 3月に一人合宿をした「奥」の村落を懐かしい思いで通過し、続く上りへと入る。油断はできないがあまり無理せず着いていける速度だ。紛れていた200kmの選手に声をかけ、今これは4番目の集団らしいことが判った。もしやと思っていたが予想通りのポジションでちょっとがっかり。 少しして前方に新たな集団が見えてきたことでトップの動きが変わった。結構大きな塊だ。あそこに追いつこうという考えに遅蒔きながら僕も至り、集団を抜け出したのはたぶん7、8名ほど。上り切る前に集団に連結しなければ、下りでは追いつけまい。このときばかりは上り区間が長く続いて欲しいと思った。頑張り所、と言い聞かせて走る。無事連結して、推定第3集団に乗って辺戸岬を気持ちよく下る。 途中で85kmスタート地点を右手に通過。まだ選手たちがスタンバっていた。僕らと同様、彼らのスタートも番狂わせがあったようだね、と気楽に考えていたが(通常彼らは130が来る前にスタートする)、この程度のとばっちりでは済まない運命が待ち受けていたとは・・・。 まさかの停止命令 下りを締めくくるトンネルを抜ける直前、前方の異様な光景に気づき、停止を余儀なくされた。道を塞ぐ山のような人だかり。市民200、130、ジュニア国際130がきっちり先頭から止められている。何事だろうか? おぞましいほどの集団落車でもあったんだろうか? 状況が飲み込めないまま10分15分と時間が過ぎていく。当初は「先頭に追いついてラッキー!」くらいに考えていたが、やがて後続の選手が全員追いつき、立っているのも疲れるくらい待たされているうちに、すっかり戦意が消失してしまった。コミッセール長らしい人から仕切り直しの再スタートという説明があると、すかさず誰かが「関門時刻はシフトするんですよね」と訊き返す。すると「大丈夫でしょう、これだけの人数で行けばぁ」などと超あやふやで他人事な返答に思わず爆笑。 停止の原因は、国際200kmがあまりにスローペースだったために、市民200kmが接近しすぎ、国際女子85kmがその間をスタートすることができない、ということで、厳格なルールに基づく国際女子を優先し市民200kmを止めたというわけだったらしい。 これからは、国際200km用の関門時刻を設定すべきだな。 市民200kmが再スタートを切り、その5分後に僕らがスタート。ここでの停止時間は人によって異なるが、僕の場合およそ25分(SuuntoがAutoPauseモードだったので正確に判らない)。 先導車が抑えているかのように走り出しはスローだ。だが、通常スタートとは異なりほぼ速い順に整列しているためだろう、過密状態ながら秩序ある状態が保たれていた。そのなかで一際危険な奴は、クラクションを派手に鳴らしながら右から追い越そうとする関係車両だった。道幅全部を埋めて選手が進む中で、追い越せるわけがないだろ? コース途中には工事による片側通行の区間があった。つまり急に道幅が半分になるわけであり、それだけでもかなり危険だというのに、そこにちょうどクルマが突っ込んできて周囲は一瞬騒然となる。お前は殺人カーか? 何考えているんだ! 身体が温まってきたのか、徐々に集団はスピードを上げ、そして2回目の普久川ダム上りへと入る。 2回目の普久川ダム上り 1回目の上りはオーバーペースでタレたので、落ち着いて行こうと決める。このダムはチームメイトと一緒にクリアし、続く平良までの小刻みなアップダウンを気心の知れた仲間同士でキビキビ走るほうが楽しいかもしれない、と思っていたのだが、ふと振り向くと、むー、誰もいない。皆さん抑えすぎですか? やる気が無くなっちまいましたか? さて、そういう自分はやっぱり後半疲れてタレてしまった。レース中とは思えないノロさでよたよたと上っていると、またまた黒ワンピのFOCUS乗りがパスしていく。さすがに負けられない、と気合いを入れ直す。今回は上り区間もキッチリラップをとった。22分半、うわマジ遅い。去年より1分遅い。明らかにポジションを下げていることが判った。 給水ポイントでは水ボトルのみ交換。いい感じの小集団に追いつき、共に長い下りに入る。晴れていればこんなに気持ちのいい下りは滅多にない。808の本領発揮だ。周りを引き連れて下る。 高江の上り〜平良〜慶佐次 高江への上りに入った。ここまで来るとかなり疲労している人が多く、スタミナ勝負なら比較的優勢なのでパスして進むことが多くなる。淡々と上る人と限界な人と明暗が別れてくる。同じペースで積極的なグループが徐々に作られてきて、15人くらいの強力な集団が出来てきた。概ね純正130kmチームだ。1回目のダム下りから見覚えのある選手が多く、目に見えない連帯感が少しずつ出来てきた。エンライテンやトップテンなどを採り、万全な体制を心がける。何度かつりそうになっていたのだ。 高江の関門前後で200kmの江國さんに追いついた。まだまだ余裕そうで、完走は堅い。平良への下り基調でシャングリラの高橋さん、飛田さんに追いつく。思わずお尻をプッシュ。平良の平地区間はマッタリしてしまうことが多かったが、今回の集団は頼もしく、スピードが落ちない。イケイケドンドンだ。気持ちよくなってきたぞ。 第2の補給地点で水をまずとり、蓋を取って身体に全部かけ有銘の上りに備えつつ、もう一つ水ボトルをとる。 有銘(源河)の上り〜源河 最後のハイライト、源河(有銘)の上りに入った。僕だけでなくみんなの脚が止まった。あまりに上れない。この区間は今日のレースでもっとも苦しい場面となった。うっかりすると10km/hまで落ちた。去年も一昨年ももっとマトモに上れていた印象がある。今回は尽きてしまった。頼みの綱のダンシングももはや何の役にも立たない。こんな状態では、トップ集団に着くなどという目標はあまりに身の程知らずだ。前方に黄色いウェアが見えた。200kmの浅倉さんであろう、目標にして上る。 ほうほうの体で頂上へとたどり着き、ようやく下りに入った。ペダルを止めて休みを入れさせてくれ。引き離したと思っていたライバルたちが下りで追いついてきた。時計を見ると12:40間近。確か当初の関門時刻はそのあたりだった、赤旗振られたりして、とびくびくしながら走ったが、無事源河を通過。 名護市内平坦路 下りきる頃には再び15人程度の集団ができあがっていた。相変わらず積極的だ。安定して平地が続くので、規則的な先頭交代が行われるように努めた。そしてそれは上手く行っている。後半の数人は先頭交代を拒んだが限界なのだろう。やがて浅倉さんの集団に追いつき、さらに大きな集団になる。パインの秋郷さんもいて、「毎年よくここで逢うよね」と言われた。そうでしたっけ? 全然覚えてません。 時折先頭交代に加わりつつ、アクチブにゴールまで。もうここまでくるといい意味でどうでもいい。最後はやはりスプリント合戦になったが、早く出すぎてしまい、ラスト300mでどっとまくられてズブズブと後退。130kmでは6つ順位を落としてフィニッシュ。やっぱ勘所も判らないし力もないし全然ダメだ。 ![]() cyclewired.jp
4:20:35.119 66位/(トップ差10:12.21) 正味3:55:15 平均/最大心拍数145/168bpm 最高速度74.1km/h 完走者213人/356人中(完走率60%) 晴れ 27℃前後 微弱風 2564kcal EPOC=4.5 197ml/kg ゴール後
途中のハプニングのお陰もあって、200kmの部は過去最高の完走率と発表された。逆に悲惨だったのは85kmの部で、スタートが50分も遅れたために完走率は30%ほどだったらしい。思う存分走ってもいないのに降ろされるのは辛いね。 夜はファンライド方面からお誘いいただき焼肉屋で打ち上げ。鶴○■吾さんや片山○京さんなども交えて大盛り上がり。僕は、昼間のMDが未だ腹にずっしり来ていてほとんど食えません。 翌日 遠藤さん企画のツアー。世界遺産「斎場御嶽(せーふぁうたき)」を散策して和む(御嶽とは神が降臨し鎮座する聖域のこと)。続いて近場の海に行って泳いだ。沖縄本島で泳ぐのは初めてかも。温かくて気持ちよく泳げるけど海水浴客はもちろん誰も居ない。結構真剣に泳いだりしているうちに、波のうねりで船酔いを起こしてしまった。まだ体調が完全ではないようだ。
結果は今ひとつだが、天気に恵まれ、気持ちよく走れたことの意義は大きいと感じた。体調不良と調整不足を思えば、この結果でも上出来だろう。しかし、まだまだ130kmの壁は厚い。みんなは200kmのほうへ気持ちが移ってしまったようだが、僕は来年も130に絞るつもりだ。もちろんハワイの切符が手に入ればそちらを優先するけどね。 |
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