2006かすみがうらマラソン参戦日誌
2006/4/16
42.195km

レース直前に考えた今回のプラン、簡単に書くと、心拍数140bpm(72%HRmax)となるスピードで入り、徐々に強度を高め最後は160bpm(87%HRmax)オーバーまで上げる、というもの。
去年は13km/h固定のスピード優先モードだったが、今年は心拍数優先モードという感じ(カメラに喩えています)。

レース会場の土浦へは、レース後の一杯に重きを置き鉄道を利用。1時間半程度で着くからどちらにせよクルマより便利だ。取手までは1車両に2,3人しか乗ってない超ガラ空き電車だったが、そこから常磐本線長距離列車に乗り換えたとたんにすし詰め状態。マジかよ! 乗客の8割はランナー、残り2割は地元の高校生みたい。
トラ仲間のNさんとTさんに駅で合流した。雨予報のはずだったが、意外にも晴れ間が見える。徒歩数分の川口運動公園へと向かう道すがらすでに激しく混んでいる。さすが一万人以上参加の規模の違うレースだ。ゼッケンやチャンピョンチップは事前に送られてきているので、受付なしでもすぐスタート可能だが、パンフレットや参加賞を貰うなど結局受け付けみたいなことはする(ゴール後でもいいのかな)。参加賞にリゲインが入ってた。なんだおい、ドーピング推奨ですか。では遠慮なくぐびぐびと。
余裕ぶっこいていたらスタートの10時が迫ってきて、山のようにあるコインロッカーは気づいてみたら完売(ウソだろ?)、慌てて手荷物預かり所に行く(100円)。どこもかしこもラッシュアワーのように激混みで、なかなか事が進まない。余裕を持った行動が必要だ、とガラにも無いことを書く。マジです。

スタート5分前。直前の軽量化を身体が欲していたが、大のトイレには10人以上並んでいてどう見てもスタートには間に合いそうにない。みなさんどういうつもり? しょうがなく、いや、小はあるので小に行く(下らなすぎ)。大会常連のNさんの誘導でスタートライン前方に移動できた。3時間30分以内のプラカードの前に出る。今回は偽りなしでしょう?

10:00 a.m.スタート
スタートゲートがすぐ前方に見えている好位置だが、思いのほか進みが悪く、スタートライン通過に36秒を要した。しばらくはペースにムラのある過密走行が続き、最初の3kmは二つの陸橋などもあってキロ5分ペースに落ちた。その後ふっと渋滞が解消されるように自分のペースで走れるようになる。ラップを見るとキロ4分半くらいで心拍は140bpm前後。目論見通りの展開だ。坐骨神経痛で左のケツからハムストリングにかけて少々痛むが、それ以外は異常なし。心配していた膝痛も全くなく、順調なスタートを切った。
10分前にスタートしている10マイルの選手と、10km近く並走する形を取る。往復で2車線の道路を全面使用して、右側が10マイル、左側がフルと一応区分けされているが、現状況はフルが過密状態なのでどうしても右側にはみ出す。センターラインには標識をもった高校生が一定間隔でぽつねんと立っていて、何千人のなかにはよそ見してぶつかるケースも出ないとは限らない。結構これは怖い役目だね。

かすみがうらは全般的にほぼフラットと言えるが、コース前半は比較的高低に変化がある。右折左折だけでなく微妙な勾配まで、僅かな変化でも逐一声に出して確認しているのが、盲人ランナーを誘導する伴走者だ。今日はこの伴走者をよく見かけるなと思ったら、このレースがそもそも国際盲人大会を兼ねていたのだった。一車線分を数千人が走る中、序盤はかなり神経を遣うだろう。有森選手が10マイルで伴走者をしていたらしい。
フルにしては珍しく額や首筋を滲ませながら走っていたが、いつのまにかどんよりした雲に覆われ、パラパラと雨が降り出してきた。スタート前、Tシャツで走るという寒がりなTさんを「絶対に暑い」と言って無理矢理ランシャツに替えさせていたが、この冷たい雨が続くとさすがに寒そうだ。手の甲は徐々にかじかんできたし、二の腕はスースーする。適度に身体を冷やしてくれるとも言えるが、Tさん今ごろ怒ってないかな? と不安になる。
8km地点が迫っていたが、その前に10マイルの中間地点(8.047km)を通過した。あれ? おかしくはないか。キロ標示に多少誤差があったとしても、順番として8kmより少しでも手前に来ることはありえない。看板の位置はかなりイイカゲンではないか。
実は10マイルのスタート地点は我々とは異なっており、後で考えてみればその看板は正しかったのだろうが、勘違いしたまま走りつづける。
10kmは46分19秒で通過。前半のスローペースが尾を引いて、予定より1分以上遅い。

のちに読んだコース説明文によれば、10-15kmは僅かに下り基調なのでトップならキロ3分を切りたい、とある。僕の場合ここがベストの5km区間とはならなかったが、13-14km区間は4分19秒で全区間中最速だった(ラップがもっと速い区間もあるが恐らく距離標示が不正確)。
体感的には15kmを過ぎた頃から調子が出てくる。依然、仮設定のキロペース4分半を数秒上回るペースが続いた。「市民ランナーにはかなり堪えるはず」とある、コース中最も目立った上り区間という16km前後も特に記憶に無く通り過ぎている。随分と大げさな解説だ。
スタート後順調に上昇している心拍数を見る限り、これ以上ペースアップする余地はないのだが、物練でヒーコラついていくしんどさと比べたら屁のような負荷だ。これを3時間持続させるのなんて簡単ではないのか? こんな余裕ぶっこいたペースでホントに良いのか? 今のうちに走れるだけ走っておいたほうが良いのでは? と何度も自問し方針転換したくなる。しかし、まだスタートして1/3しか来ておらず、先のことなど全く読めない時点で、気分で物事を決めてはいけない。特に、調子が良いと思ったときは逆に要注意。時としてそれは悪くなる前兆だったりするからだ。

雨はひとまず上がったが、冷えたためかトイレが近くなってきた。実はもうさっきから限界状況なのだが、仮設トイレは5km間隔程度にしか見当たらず、1個しかないのでまず使用中だ。「トイレは我慢するだけ無駄」という古くからの教訓が膀胱を、ではなくアタマを埋め尽くしているが、チャンスを得られずズルズルと走りつづける。20kmライン通過は1時間30分48秒。ちょうど上下ピンク色のウェアに身を包んだシリアス系女性ランナーに追いつく。この特徴的な風貌は浅井えり子選手に違いない、と思っていたらゼッケンに60歳代と書いてあった。オールドパワー恐るべし(浅井えり子選手は多分出てません)。
その直後にトイレに行く。毎度のことだが、たいがいにせいよ!と言いたいくらい延々と出続ける。放出活動に1分10秒を要して再スタート。案の定、ストップしたことで脚全体の調子が狂った。それに加え、印象値で1リットル分は膨れていた膀胱が一気に収縮したおかげか、下半身が妙にぎこちない。状態保持のため少しくらい残しておくべきだったかもしれない。やはりトイレはもっと早い段階で行くべきだ。落ち着くまで辛抱して走りつづける。ハーフ通過は1時間36分26秒。
1分以上止まったので、見覚えのある人をまた抜くことになった。スチレンボード製天使の羽根を生やした小柄な女性も3kmほど手前で追い越した覚えがある。おや? チームCSCのノースリーブジャージを着た人は初めて見かけるぞ。奇遇なことに、Nさんも北欧から個人輸入で手に入れたというCSCジャージを着てスタートを切ったが、そんなレア物のウェアを着たNさんにそっくりな人がもう一人居たとはびっくりだ。というか、どう見てもNさんではないか! なぬー! たしか目標タイムは3時間40分とか言っていたような。いつの間に前を走っていたですか?
三味線弾きのNさんにご挨拶。お互いびっくりしていた。
2年前の佐倉では、一瞬追いついたと思ったらスパートをかけてまくられた苦い経験があったので、ここは一つ、カウンターアタックを仕掛ける。振り切り成功!(ウソです。別にその気はないです)
やや身体は重くなっていたが、「ここから佐渡Bのランパートスタートだ」と思ってみると気が楽になった。ただ、佐渡Bよりも疲れは無いのに、断然遅い。へんなの。
トライアスロン的ランは、いい意味で「投げやり」である。いままでは低燃費走行のために行儀の良い軽く滑らかなフォームを意識してきた。これからは、ぐいぐいと力を込めて前へ進むことを強く意図したお下劣な走りが相応しいという気分になってきた。無の心境で黙々と走るのではなく、積極的に自己を高揚させた走り。腕を大きく振り、意識して身体を前へ送り出すフォーム。いつしか、フジテレビの和田解説員みたいに口をとんがらせていた。気持ちの表れだろう。

30の大台に乗れば精神的に楽になる、との記憶が以前の五島で刻まれていたため、30km通過が待ち遠しかった。そういう気分だったってことは、結構辛くなってきた証拠か。2時間16分16秒で30km通過。ここまでの5kmが実はレース中最も速い22分3秒。残り約12kmをキロ5分で走っても1時間。ベストタイムは期待できそうだ。嬉しくなると疲れが軽減されるね。
足首をコントロールする筋肉がエンプティとなった。毎度の通りここからは着地がスムーズにできないでドタバタ走りになる。膝にも衝撃が直接伝わり、身体に悪いことこの上なし。ヘタって来るのが去年より少し早くないか?との不安がある。1km過ぎるごとに使い果たした筋肉のエリアはみるみる増えてきて、案の定さっきまでの自信はあっというまに崩れ去る。そんなころ、天使の羽根の女性に追い越された。別に僕がペースダウンしたわけではない。彼女が後半になって上げてきたのだ。そのエネルギッシュな走りには感服だ。着いていけない。
新記録更新ペースで走ってる今は経験のないポジションということだ。周りはヘロってペースダウンする人もいたが、僕と同じペースを維持しつづける人も多かった。これがもっと後ろだと殆どの人はスローダウンしていたはずだ。つまりイーブンペースを維持している人の割合がいままでより多い気がする。

崩れる時はあっという間。脚全体がすでに人形みたいにただの肉の塊になってきた。太腿で下肢全体を前方に放り出し、成行きに任せて後ろへ蹴りだす、その繰り返しだ。ピッチ走法で細切れに走ったほうがいいのだろうが、筋肉の反応はかなり鈍くなってきているので腿の前後反復をこれ以上早められない。
言わずと知れた魔の35kmを通過。気にしすぎるから余計鬼門になるのだろう。ヘタれた状態でも踏ん張りがある程度効くようになったのか、ペースダウンは最小限に抑えられている。
だが38km付近で心拍数が下がり気味であることに気づく。脚が動かなくなってきて負荷が上げられないのだ。最後まできっちりとヴュルツブルク並みに強度を上げて、悔いの無い走りをすべし。そう思ったとき、背の高いランナーに抜かれた。すかさず後ろに張り付いて、なんとしても着いていく決心をする。やや向かい風だったので風除け効果もあったのだろう。500mほどついていき、力の入れ方というものを思い出させてくれた気がする。やがてパスして、ロングスパートをかける。
残り3kmの看板でタイムをチェックし、予想タイムは3時間12分を切れるかどうかギリギリと判った。その値に意味は無いが、目標としてセット。川口運動公園に入るとトラック入口はすぐそこで、ゴールゲートは目の前にあった。時計を見ると12分まであと数秒しかない。思いっきりラストスパートしてゲートをくぐる。ギリギリ切れた、11分59秒。ヴュルツブルクからは約6分の短縮。最近の練習量を考えれば、上出来でしょう。

平均/最大心拍数=148/162bpm
獲得高度 95m、消費カロリー 2492kcal

このグラフでは後半に入ってペースが乱れているように見えるが、明らかに距離標識の誤差と思われ、信用ならないのでグラフ化する意味はあまりない。20km過ぎで遅いのはトイレのため。
しんどかったとか疲れたという感覚は意外なほど少なく、動かない脚を無理に動かしたことのダメージが大きかった。早速最大級の筋肉痛で歩くのも大変。
フィニッシャーTシャツをもらい(参加賞ではない)記録表をプリントアウトしてもらう。公式タイムでは12分ちょうどだった。判りやすくていいや。10km毎のスプリットタイムも記されている。程なくしてゴールしたNさん、10-20kmは僕より速かった。後半もさほど垂れていないので、アイアンマンでもきっと走りきってしまうだろう。

荷物預り所の横で着替えてボーッとしていたらTさんも現れた。では早速ビールでも飲んで乾杯しますか、と思って出店をうろうろするが、どうやらアルコールは一切売ってないみたい。今日は4月にしては随分と寒く、さっさと撤収して場末のラーメン屋でギョーザでもつまんで一杯やろう、とのコンセプトで土浦のディープゾーンを探しに向かうが、駅で力尽き、駅ビルのレストランに決定。3人で乾杯して至福の時を過ごす。何気なく入ったエスニック料理の店は、対応がなかなかシロート臭い感じであるが、珍しい料理とビールでそりゃうまかった。来年もこの店にしよう。