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2003小笠・掛川マラソン参戦日誌
2003/4/20 42.195km 小杉館へは予定通り夕方5時に着いた。温泉郷と呼ぶには宿が二つしかない、ひっそりとしたところで、さめざめと降りつづける雨模様がよく似合っていた。夜になっても雨脚は途絶えず、裏山の草木に滴る雨音が情緒溢れている。 美人の湯と銘うった温泉はややヌルッとしていて風変わりだ。酔っ払いの怪しげなオヤジが、何かぶつくさ言いながら湯に浸かっている。隣宿から、陶酔しきった女性の歌声でカラオケが聞こえてくる。つげ義春の世界が染み渡っていた。 派手さはないが心のこもった料理は好感が持てた。レース前日のメニューとしても相応しい内容だ。刺身の妻に添えられたミョウガや芽ねぎ、身のしっかりしたアサリの味噌汁など、細かいところで手を抜いていない。 翌朝になっても、時折激しい雨がトタン屋根を叩きつけている。気温もかなり下がって肌寒く、布団から出る気がしない。なにも好き好んでこんな日に42キロも走らなくても良いだろう、と思い始める。身体へのダメージも大きそうだ。この分では参加者もきっと半分くらいに減っているはずだ。ひょっとすると、大会そのものが中止になるかもしれない。ただ、棄権するにしても、計測チップを返却するためにやはり会場に行く必要があった。 8時過ぎ頃にはつま恋に着いたが、最寄の駐車場はすでに満車だった。早く来たつもりだったが、全く見通しが甘かったようだ。どこが中止なものか。臨時駐車場に強制誘導される。会場から数キロ離れており、クルマで来た意味が半減する。 臨時駐車場からつま恋に向かう専用バスの車内では、棄権という発想がいかに自分だけのものかを思い知らされるほど、人々のやる気で満ちていた。ひょっとしてタブーなのか、天気の話題は聞かれない。会場に着いてみると、スタートまでまだ1時間もあるのに、ゼッケンのついたランシャツ姿の戦闘態勢万全なランナーが大勢いる。雨の中どんなスタイルで走るべきか、決めかねている人間は自分だけなのか。 さっきまでザアザア降りだったのに、急に雨脚が止んで、宿を出て慌てて買ったカサも必要なくなってきた。とはいえ、またいつ大雨が降ってくるか知れたものではない。宮古島で心底堪えた、冷たい雨の中での42kmの辛さを、ひどく恐れていた。 だが、あまりにも雨に対して楽観的な周囲の雰囲気に負けた。トレイルラン用のベストに付けていたゼッケンをはずし、ベストはウエストポーチに詰めて走ることにした。このアイディアをもっと早く思いつけばよかった。代わりに、昨日買いこんだ特殊繊維のTシャツを着、下はランパンをやめてトライアスロン用のスパッツ、雨よけの帽子といういでたちである。 そんな試行錯誤とトイレ渋滞のために、スタートエリアにたどり着いたのはスタート2分前だった。周りの雰囲気に流されるまま、この場に立つことになったが、依然として他人事のような気分である。本当にゴールを目指せるのだろうか? 靴紐を慌てて締めなおす。 ふと周囲を見渡すと、ゼッケン番号がみな妙に揃っている。自己申告したタイム順にゼッケンが決められていることとここにきて気付くが、もう手遅れだ。目標タイム4時間半以内とかかれたプラカードが前方に見えた。たしか目標を3時間25分と書類に書いてしまった自分の番号は700番台で、本来はるか先にいるべきだった。周りに3桁の番号など皆無だ。だが、持ち番号に恥じない走りをするのはまず無理なのでよしとする。 スタートの号砲があってから2分半後に本来のスタートラインを通過した。ストレスのかかる追越を繰り返して、エネルギーを消耗することだけは絶対に避けるべきと肝に銘じた。スタート直後は急な下り坂が続く。小刻みなピッチと意図的な腕の降りで、脚のエネルギー温存を心がける。 ようやく自分のペースを保てるようになった7km付近で、自分の今日のレース目標が見えてきた。ここからはキロ5分を目標にしよう。スタートで出遅れたことによるロスタイムは取り戻そうなどと考えず、3時間40分前後を目指そう、と思った。 このところ悩みの種となっている左足の脛の痛みが、走り出し当初から顔を出していた。オシリにも違和感があり、一連の痛みはみな坐骨神経痛から来ていると確信する。一度はカイロに行ってみるべきだなどと考える。 小一時間が経過したころから、早くも尿意が気になりだした。トイレは数多く設置されているはずだったが、どういうわけか一つも見つけることができない。どうせあったとしても、2,3人並んでいるだろう。そんなトイレには行く気になれない。 トイレを探しつつ、結局はハーフ地点も過ぎた。フルマラソンの1キロは、ハーフや10キロレースの1キロよりずっとゆっくりなのに、体感的に過ぎるのが早い。たぶん負荷が遥かに軽いためだろう。順調にキロ5分をキープできている。この集中力を大事にしようと思った。ここで欲張らず、慎重な走りを持続させることが肝心なのだ。そうして何の問題もないように思えてきた25キロ過ぎ、用をたすのにベストなスポットをようやく発見した。パンツの紐がほどけず、1分以上費やしてしまった。洋モノのパンツの紐は配慮が足りないとつくづく思う。 さあ今度こそ走りに集中できるぞ、と気分も新たに走り始めると、気持ちとは裏腹に今までの調子が跡形もなく消えていた。小便と共に大事なものも排泄してしまったか? 揺ぎないと思われていた確かな走りはどこにもない。愕然とした。 ここでの教訓はしっかり記憶に刻まれた。 ・トイレは、我慢するだけ無駄。走りのリズムに影響がでない前半に済ませるべし。 ・今がどんなに快調でも、1分後もそうであることを保証するものではない。 辛抱して走りつづけると、以前の調子とまではいかないが、多少楽になってきた。キロ5分を少しずつ取り戻す。 ウエストポーチにもう一つ携帯したものは、朝コンビニで買ったVAAMゼリーだった(とても準備万端とは言えない話だ)。こんな重いものは、さっさと飲んでしまうべきだと考えてスタート直後から頻繁に摂取していたが、ハーフ過ぎに最後の一絞りを飲み干したとき、力がみなぎってくるのが判った。もう少し後に取っておくべきだったかと、このころから後悔しはじめる。エイドステーションに用意されたアミノバイタルウォーターはあまりに薄く、エネルギー補給として不十分に感じられた。フルーツも所々置いてあったが、通過中に手にできるのはせいぜいオレンジ2欠片程度だ。 今思えば、アミノバイタルの顆粒の小袋をいくつか持っていけばよかった。かさばらないし、重くもない。 また、次第に喉が渇き始めていた。紙コップは二つとり、余すことなく飲み干すがそれでも足りない気分だ。明らかに水分摂取計画が破綻をきたしている。寒さを気にしすぎて目論見を誤ったか。湿度が100%に近いことも影響していただろう。雨は依然として降りださない。 とにかく、筋肉へのエネルギー供給不足が深刻さを増していく。 30kmを過ぎ、すでにエイドは縁日の屋台のようにごった返す。人ごみを掻き分けながら、しっかりと水分を取り、果物もいくつか頬張るために、ペースを落として念入りに通過するようになった。最後にスポンジを取って再びペースを戻すと、直前までの勢いの何分の一か失われている。活力を得て元気を取り戻せるはずのエイドが、今回は逆に、エネルギー補充と引き換えにスピードを一段ずつ失うという、鬼門のような存在となった。徐々にエイドに要する時間が増えてきたこともあり、キロ5分を維持できなくなってきた。 明らかに変調を来たしたのが32キロ付近だ。つねに周囲を追い越すペースでここまで来たが、この地点を境にあっさりと追い越される側に転身する。エネルギーがついに底をついたのだ。 この事態はある程度予測がついていた。いままでの全てのフルマラソンがそうであったし、自分にとって最大の課題となっていた。ただ、カラになるのがいつもより5キロ早まってはいたが。 代わりに腕をふって援護する。ふと横を走る選手を見ると、脚のピッチは僕の2倍かと思えるほど速い。いつしか、自分のピッチがずいぶん遅くなっていたことに気付いた。エネルギーがないのなら、なおさら小刻みに行くしかない。 魔の35キロを通過するころは、いつになく目まいがしてふらつくようになった。いよいよ脳みその分のエネルギーも切り崩していかなければ前へ進めなくなったか。ちょっとやばいぞと思う。シロモトのように、ゴール後に点滴を受けたいと本気で思った。加えて、両腕とも血のめぐりが悪くなり、しびれが深刻になってきた。 エイドのフルーツが今日ほどありがたいと思ったレースは過去に記憶がないが、その割には、フルーツをポケットに蓄えて、走りながら徐々に摂取すればいいということに気付いたのは、最終エイドでだった。つくづくアタマが悪いと思う。教訓その3を考案する。 ・レースでは、時間はたっぷりあるけれど、アタマは何も考えていない。 ラスト1キロ、念願のつま恋のゲートをくぐる喜びは計り知れない。園内は急な登りが待ち受ける。歩いたほうが速いと言われそうなスピードで走るが、あまりの急坂にこむら返りを起こし、ストレッチしてから残りの数百メートルを気力で走った。 3時間52分3秒。真面目に挑んだレースでここまで遅かったのは初めてだったが、その割には満足した。結果的に、現状の実力を踏まえての理想に近いレース運びができたのではと思う。奇跡的にマメが一つも現れなかったこと、また脛の前側の筋肉が残っていたためにパタパタした走りにならなかったことなどは、前例のない快挙だ。また、平々凡々な記録にも関わらず、投げださずに走り通したのは我ながら辛抱強かった。誘惑に負けて歩いたら余計崩れることを、今回特に身にしみて感じたからなのだが。 うどんを食べたり、土産にお茶を買ったりして暫く放心状態が続いた後、つま恋を後に走路を逆に歩いていると、制限時間ギリギリの選手がまだ走っていた。この急な上り坂を、恐らく僕の時よりも早く走っていく。元気があるのか、無いのか。 エイドから引き上げてきたスタッフが、余ったバナナは要らないかと人に勧めていた。レース中は何よりもそのありがたみをかみしめたバナナを、今食べようとする人はほとんどいなかった。ああなんという薄情者だろう。しかし、自分もやはり食べる気は起きなかった。 1キロと5キロ毎のペース推移グラフ |
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