2011神奈川県実業団水泳大会参戦日誌
2011/6/26
400m 自由形 一般

カイシャの水泳部に入部を決めた6月、間髪入れずT監督は僕をこの大会の400mフリー種目にぶち込んだ。最初の長水路練の模擬TTで出したタイムは5分55秒、しかし監督はすでに5分20秒という嘘っぱちな申告タイムでエントリーしており、35秒の壁を少しでも埋めようと3週間スイム練に注力してきた。試合まであと1週間に迫り、ベクトルが急に上向いてきたと感じた矢先、事もあろうか風邪を引いてしまい、何一つ身動きがとれずに当日を迎える。この1週間で5秒の短縮は固いと思われたところを、体力激減で逆に5秒遅くなったはず。未だ完治せずドヨーンとした朝を迎え、ハッキリ言ってもうどうにでもなれという気分。一応おまいらBBだけは注入してきた。

相模大野駅でチームと合流し、バスで相模原プールへ。勝手がわからず、一人で来てたら困惑しただろう。無事2階観覧席の一角に陣取る。
1階のプールアリーナに下りてそのままアップ開始。400mフリーは4番目の種目で早いのだ。緊張の種がさっさと消えてくれるのはありがたい。
ゴーグルが外れることが本日最大の不安要素なので、飛び込み練を繰り返す。100%外れない確実な方法がないものか探る。と同時に、スタート後我を忘れてぶっ飛ばすことのないようシミュレーション。入水直後のドルフィンキックがかなり高負荷であることに気づき、それも脱力して惰性だけで浮上するように心がける。ストリームラインを作る手の配置とか、入水角度とか、あれこれ考える。今頃何やってんだろうか。
僕の競泳時代にはなかった、両足を前後にずらす飛び込みスタイルがイマドキの主流なのか、両方揃えたらお笑い種なのか、テーサイマンとしては結構気になったが、1回トライしてやめた。
その後300mほど泳いだ。ひとまず風邪の影響は感じない。追い込んでいったときにどう出るだろうか。

開会式の後、すぐに競技開始。T監督とHマさんはすでに観覧席には居なかった。というか、Hマさんはその前に400mメドレーリレーがあって先に泳いでいる。かおりカントクに「今日は5分40秒目標」とメールを打ってプールへと向かう。5分40に根拠なし。ほとんど希望的観測。

競泳時代、印象に強く残っているのが「召集」ってやつだ。
組毎に集まった選手が長いすに座って待つのが召集所だ。
1レース終了毎に、カウントダウンのごとく前の椅子に移動し、自分の番が来るのを待つ。モーレツに緊張するこの雰囲気はかなり苦手だ。
その召集システムは今でも変わりなかった。そろそろかなと思って召集所へ行ってみると、やばい、すでに最前列で最終点呼をしているところだった。あの頃と違うのは、雰囲気がなんだかちょっとほんわかとしている点だ。
そして400mメドレーリレーが終わり、僕らの番が早くもやってきた。
やばい、全然緊張が足りない。

この日どうやって35秒を少しでも縮めるか、あれこれ考えた末にこんな皮算用で行くことに決めていた。
・0-100m 
 前回のTTでは1分18秒だったが、そこまで上げる必要はない。多分のんびり泳いでもあっさり1分20は出るだろう。
・100-200m
 まだ焦るな。普段の100mインターバルに近いしんどさから始まるだろう、と思えば、1分23くらいなら行けそうだ。
・200-300m
 ちょいきつくなってきた。しかし普段の100mの目安1分25くらいなら、本番なんだから何とか保てるだろう。
・300-400m
 まあ苦しいのは判るが死ぬ気で行け。ラストスパートでもがけば、1分27くらい何とかひねり出せるだろう。
そんなわけで騙し騙しのラップでトータル5分35秒。何となく、出来そうな気がしないでもない。
この作戦は風邪を引く前に考えていたこと。正直、風邪がどの程度コンディションに影響するか未知数だ。とにかく避けなければならないのは、ゴーグルが外れないことだけかもしれない。
それと、ゴールしたときに拍手で迎えられないよう、黄金のタレは何としても避けよう。

テーサイマンとしての次なる不安要素は、この組で自分が大差でドンケツにならないかということだ。
400mフリーの参加者は13人。うち5人が僕のいる1組目で、残る8人は2組目だ。この1組と2組には雲泥の差がある。競泳は遅い順に泳ぐことになっていて、組の中でも中央ほど速い人が配置される。僕はなぜか3コース、気にすべき選手は隣の2コースだ。果たして、2コースの選手をググってみたら長距離を得意とする50代の人だった。しかも1500mを20分半くらいで泳ぐ。400mに単純換算して5分28秒、どう考えても速い。
ただこの人、短い距離はそんなに速くない。ってことはかなりイーブンで泳ぐタイプと見た。僕にとっては願ってもないペースメーカーとなるかもしれない、と考えた。いずれにせよドンケツは避けられそうにないが、そんなに差は開かないだろう。
反対隣の4コースはHマさん、たぶんT監督より速い人なのでこの人に惑わされないようにしなくちゃ。

そんなことをぐちゃぐちゃ考えながら、アナウンスで名前を呼ばれ、その時は容赦なくあっさりやってきた。
ピッピッピの笛の合図でスタート台の脇に立ち(ここでスタート台に立つと怒られる)
ピーッ、の合図でスタート台に上り、両足の指をフチにかけて身体を屈め、
ヨウイッ、の声で身体を引き、
パン! でスタート。

400mフリー 1組 スタート
最初にして最大の関門、ゴーグルは外れずに済んでいる。よかった。
言い聞かせたとおり、力まずに浮上してのんび〜〜〜り泳ぐ。レースなのにのんびり感覚で泳ぐと、なんだか小ばかにしている感じでよろしい。
早速Hマさんがロケットのように先行しているのが判るが、気にしない。2コースのペースメーカー氏は意外にも僕より後ろにいる。スタートがヘタなのかもしれない(後に、僕が一番スタートがヘタだったことを知る)。
クイックターンのタイミングは気にすべきもう一つのポイント。距離感を間違えて蹴り損ないがあってはならないのはもちろん、十分なケノビが出来るまで近づくことも重要だ。遠すぎるよりは近すぎるほうがマシ、という考えで、結果的にはちょうど良かった。
1/4ブレスで楽に進む。ペースメーカー氏は相変わらず後方にいる。このペースで問題ない証拠だ。


スタート直後。手前から、ペースメーカー氏、自分、Hマさん、一番奥がT監督

100mをターン。大分力は残っている。模擬TTのときとは大違いだ。これは上手くいっていると感じ、このユルユル作戦に迷いがなくなった。
200mを終えてもHマさんも視野内にいる。というより、この辺りからHマさんの様子が怪しくなってきた。明らかに距離が縮まっている。これはもしかすると追いつくかもしれない。
ペースメーカー氏は一身分引き離した。予断は許さないが、この人には勝てるかもしれないと思った。というか、この勝負には勝たなければならない、負けたとしたらそれはペースを誤った証拠だ、と思うようになった。
250mを過ぎるとさすがにちょっと疲れてきた。1/2と1/4ブレスを交互に繰り返す。左ブレスはしない。
300mのターンでHマさんにほぼ並んだ。これは驚きの展開だ。
と同時に危険な空気を感じる。ペースメーカー氏との距離が先ほどよりは確かに縮まった。この3往復目をちょっとヌルく泳いでしまったかもしれないと少しだけ後悔する。もうあと1往復しかない割には、ここまでの苦労が足りてない気がした。反省して、少し追い込むことにした。
325mあたりで劇的な変化が起きる。ペースメーカー氏の泳ぎが変わったのだ。見るからにそれは明らかで、スピードも上がり、あっという間に追い越される。まずい! 僕も追い上げをはかる。
だが、全く追いつけない。ここで全力を出すことは控える。最後の50mをターン。ペースメーカー氏にははっきりと先行されている。そしてHマさんは後ろに居た。
最後の50m、このダッシュで全てが終わる。死ぬ気で行け! ペースメーカー氏を追うが、全く緩む様子はない。これがこの人の強さか。悔しいが抜けそうにないことが途中で判ってしまった。それでも全力を出し切るのみだ。渾身をこめてラスト5mをノンブレスで。

ゴールして振り返り、電光掲示板の速報を見る。あーなんだかキタジマになった気分だなー(わしの競泳時代にはこんな文明の利器はなかったのだ。見逃してくれ)。
そこには5分31秒の文字が。なぬー! 無茶苦茶速くないですか。皮算用タイム5分35秒もクリア。そしてワケアリだがドンケツもまぬがれた。
 
50m
100m
150m
200m
250m
300m
350m
400m
400m毎
5'31.62
200m毎
2'43.41
2'48.21
100m毎
1'19.31
1'24.10
1'25.77
1'22.44
50m毎
37.98
41.33
41.42
42.68
42.20
43.57
42.61
39.83
自己満足なビデオはこちら。
T監督は宣言通りの5分16秒。模擬TTから29秒も縮めており、僕よりも短縮幅が大きい。凄い。
ちなみに2組目は1位が4分4秒とかで、僕の300m通過タイムより速い。
どういうわけか競泳は、マラソンや自転車などよりもトップとのレベル差を絶望的なものに感じてしまう。多分それは、一瞬でもついていけないからだろう。
だからだろうか、自分が遅くても全然落ち込まない。次からもっと練習して少しでも彼らに近づこうとか、死ぬ気で頑張ってぎゃふんといわせてやるぞーとか、そういう発想が湧いてこないね。良いのか悪いのか。

やり遂げた満足感でその後はみんなのレースをホゲーっと眺め、2時過ぎに全競技終了。
チームも総合成績は悪くなく、みんなで打ち上げして帰った。